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年度末有給休暇消費旅行 宿場町 小鹿野

2013年04月15日 00:00

成田横丁

成田横丁

Pentax K-5, Sigma AF17-70mmF2.8-4OS HSM

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポッ プアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



最終日、どこを散策するか?。西武線沿線である秩父駅周辺、三峰口駅周辺、当初はこの2つのいずれかを考えていた。ところが、三峰口周辺の産業遺構として超~有名であった三峰ロープウェイ駅が数年前に解体されたので、ちょっと行く気を失っていた。

そしてイチゴ狩りの農園を探している際に小鹿野(おがの)を見つける。地元の方には申し訳ない、初めて聞く地名だった。地図で確認すると先述の吾野宿同様に国道299号線から分岐し、そこが中心地のようだ。これは旧道、かつての宿場町に違いない!。



ネットロケハンと題して頻繁に参考にして頂いているチロル猫さんのブログ、猫屋横丁 首都圏古い町並み探検で小鹿野周辺の紹介記事を見つけ、おお!、これは大好物の風景じゃないか!、と最終日のお散歩写真の地を小鹿野散策に決定したのだった。

訪れてみると、おやっ?、ここ昔、走った事があるぞ?、それともデジャブーか?。いやいや、確かに車で通り過ぎた記憶がある。恐らく三峰神社を訪れる際にこの辺りをウロチョロしていたのだろう。いずれにせよ、ただ通り過ぎただけなので、初訪と言って良い。

本日トップの写真、奥に成田さんから勧請した不動尊があり、それで成田横丁と名がついたそうだ。横丁に住まわれている方に尋ねたら、成田さんの本殿だか拝殿をそっくりそのまま縮小した建築物ならしい。

この成田横丁。地元の方は今一歩ピンと来ないようだ。宿場町近くの宿の女将は「成田横丁?」としばし考え、「あぁ、お不動さんの道ね」、そんな感じだったし、宿場町外れにある役場のオネエサンも「成田横丁ですか?」とまたしばしポカンとし、「ああ!」と。

「どうしてそんな道に興味があるの?」、女将も役場のオネエサンもそんな疑問を私に投げ掛けちゃっていたのだった。地元と観光客の思考にギャップは多々ある。観光客である私は「小鹿野の宿場町」と表現し、地元の方は「商店街」と言う。だから「宿場町にある成田横丁」、これを瞬時に理解してくれないのだ(笑)。

以下、現地の方にお伺いした内容。

小鹿野は以前から観光に力を入れていたようだ。何しろ無料駐車場だらけ。しかもライダーへの配慮も施されており、駐車場にはオートバイ専用のスペースも多く用意されている。

ただ、鳴り物入りで作られた「バイクの森おがの(単車の博物館)」はほんのちょっとの期間運営しただけで閉館になったとの事。地方の観光事業は大変なのだろう。いわゆる箱物失敗って奴・・・。

小鹿野は歌舞伎で有名のようで、江戸時代の歌舞伎役者、初代坂東彦五郎がこの町の出身との事で、この彦五郎が小鹿野中心に歌舞伎を広めたらしい。だから近代に町興しで歌舞伎を演じている訳でなく、伝統芸能と言い切っても良いだろう。

小鹿野春祭り今週末、19日、20日は小鹿野の春祭りだそうで、山車が出たり、歌舞伎芝居があったりと、皆さんお近くだったら訪れてみては如何だろうか?。地元民が祭りが大好きの事、地区のどこかで毎月なにか催しがされている程、祭りが大好きなんだそうだ。

吾野宿と違って名物料理があるのも良い。それが「わらじかつ丼」。わらじと言うくらいだから小判型のとんかつが2枚も丼に入っている。天汁とうなぎのタレの中間、そんな甘辛い味は意外に美味い。とにかく安くてボリュームがある、肉食系の人は楽しめるだろう。

最近流行りのB級グルメと思うなかれ。なんと、一番古いお店で大正時代だって言うのだから、歴史ある名物、伝統料理なのだった。お店によってロースだったりヒレだったり、はたまた味付けが異なるようだが、おおよそどこで食べても失敗はないだろう。

※とんかつの歴史をwikipediaを見ると、ご存知、銀座の煉瓦亭が始祖とされており、その後昭和初期に上野や浅草でブームになったらしく、大正時代に小鹿野にはわらじとんかつがあった、これが事実なら東京での歴史とほぼ同じ、それくらい古い

比較しちゃ可哀想だが、小鹿野は立派に観光地として成立しているが、吾野宿はそもそも観光地ではない。昔の風情を残した299号の脇道の集落でしかない。観光地化すると失うものも多いが、昭和好き人間としてはせめて駐車場1つでも整備してくれていたらと思う。

さて、小鹿野の醍醐味は路地と裏通りだろう。宿場町の風情として1キロ近くあるのかな?。メインストリート、両側の裏通り、そして1本1本の路地を廻る、それだけで数時間を十分に過ごせる規模にあり、路地と裏通りには大好物の廃屋も多かったりする。

※吾野宿は両側に川と山が迫っているので路地や裏通りの醍醐味は少ない


辻斬りの小路 その3

辻斬りの小路 その3


辻斬りの小路・・・、今回の一連の旅行ネタを始めてご覧になる方はなんのこっちゃ?、そんな路地が存在するのか?、と思われるだろうが、これは勝手に付けた名だ。詳しくは4月9日の記事をどうぞ。

小鹿野の宿場町、舗装されていいない路地もあり、趣がある。そして路地、裏通りを歩くと空き家や廃屋が多い。下は小鹿野で幾つか見られる路地と廃屋の一例。

小鹿野の路地

小鹿野の路地


小鹿野の廃屋

小鹿野の廃屋


ちなみに小鹿野周辺には駅がない。地元の方に尋ねると、かつて鉄道誘致の話があったが、何らかの事情で合意出来ず、一時期町として孤立してしまったらしい。秩父から小鹿野を通り、山梨だか長野県まで通す計画があったそうな。

これは飯能の歴史と似ている。前回、飯能を訪れた際、偶然、その町の観光事業の有力者と知り合った。氏曰く、セメント工場(太平洋セメント)の誘致を飯能市が断り、結果、それが日高市に誘致され、町の発展がさまたげられたとの事。

飯能もそうだろうし、小鹿野もかつては余所者を受付けない、そんな風潮があったのかもしれない。東京から飯能に移り住んだ大工さんが「10年住んでようやく信用して貰えた」と言っていたのを思い出した。何も飯能、秩父地方だけでなく、今、過疎化で悩んでいる地域の多くは企業誘致をしなかったり、余所者を極端に嫌う、そんな傾向があったのだろう。

そうそう、鉄道の話で思い出したが、秩父鉄道、なんと今回の旅で初めてこれが西武系列じゃない事を知った。ちょうど旅の最中、西武鉄道とはげたかファンドとのニュースがテレビで放送されていて、「あれっ、秩父から先は廃止しないのか?」と疑問に思っていたら、秩父鉄道と西武鉄道って全く異なる企業なのね。なるほど秩父駅と西武秩父駅って違うのか。勉強不足、長瀞も西武鉄道だと思っていた・・・。


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コメント

  1. 山崎かずみ | URL | -

    素敵なブログですね。

    о(ж>▽<)y ☆

  2. BigDaddy | URL | -

    > 山崎かずみ さん

    ありがとうございます。今後も宜しくお願い致します。

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