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「消えた街角 加藤嶺夫」、写真は記録だ!

2013年05月15日 00:00

日本製紙引込み線

日本製紙引込み線

Lumix DMC-FX55

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポッ プアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



前々回の記事では東京は月島の失われた昭和風景を、前回の記事では消えつつある埼玉県は川口のキューポラをネタした。今回は・・・。

皆さんは加藤嶺夫氏をご存知だろうか?。恐らくほとんどの方はご存じないと思う。何しろwikipediaでも検索出来ないのだから・・・。

本ブログで紹介するのだから政治家でも芸能人でもない。写真家?、いや、そうじゃないらしい。元々は出版社勤務の普通のサラリーマンで、新聞などに記事を寄稿していたルポライターなのかな?。私も詳しく知らないのだ。何しろインターネットでもほとんどこの方の情報がないからだ。

その加藤嶺夫氏の写真集をたまたま図書館で見つけ、これは皆さんに紹介せねばと思ったのだった。ほとんど趣味の写真のようだが、東京オリンピック後の東京の変貌を感じ、これは今を記録せねばとカメラを持って東京のアチコチで撮影していたらしい。それが写真集となったのだ。

知る限り写真集として「東京消えた街角」、「東京懐かしの街角」、「東京の消えた風景」、「消えた風景を尋ねる 大人の東京散歩」と4冊発刊されており、タイムリーと言うか、先月「昭和の東京1 新宿区」、「昭和の東京2 台東区」が発刊された(この昭和の東京シリーズは今後、23区分発刊されるとの事)。


参考写真1


今回その一部を紹介するが(著作権違反にはならない範囲で)、とにかく昭和風景が好き、特に東京にお住まいの方は自分ちの周辺がかつてはどんな風景だったか、それを楽しめる最高の写真集であろう。

この写真集を仕事場や友人(特にカメラ、写真を趣味としていない、また昭和懐古趣味を持っている訳ではない)5、6名に見せたところ皆大感動。その中の何人かには以前に木村伊兵衛氏の写真集を見せており、こんな事を言う人もいた。

「木村伊兵衛が日本を代表するカメラマンだったとしても、この加藤嶺夫の写真の方が遥かに価値がある」

そしてこうも言っていた。

「プロが認めるプロの写真なんてきっとつまらないんだよね。写真を知らない人間が見て感動する写真こそが本物の写真だ」

実は私も木村伊兵衛氏の写真の良さをちっとも理解していない一人。

木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その1
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その2
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その3
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その4
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その5

勿論、写真は主観で眺めるものだし、加藤嶺夫氏とは写真の質(撮影意図)が異なるから、同じ土俵で語るには無理があるかもしれず、感想には個人差がある。日本には木村伊兵衛ファンも多数いるのだから。でも一部であってもあの木村伊兵衛氏よりも「遥かに」価値があると言わしめる写真集であるのは確かだろう。

この加藤嶺夫氏の写真を眺め、つくづく、「写真は時代を記録するもの」だと感じた。そこに妙な意図なんて必要ない。目の前に広がった風景をただ撮るだけ。また「写真は寄れ!」、これはどんな写真入門書を見ても書いてある語彙であろうが、これも正しくもあり、偽りでもある事が判るだろう。

これはかつてアメリカで流行した写真のムーブメント「ニューカラー」にも共通項を見出せる。

ニューカラーをご存知? その1
ニューカラーをご存知? その2
ニューカラーをご存知? その3

このニューカラー系のカメラマンの写真も風景をキッチリと引きで記録しているだけ。レンズのボケを活かして立体感云々なるキッチュな思想などそこには存在しない。

この加藤嶺夫氏は極普通の135フィルム用のカメラを使っていると思われる。本来この手の記録写真は遠近感を付けると間抜けな写真になってしまうから、大判カメラやティルトシフトレンズを利用し、煽り補正しながら撮影する。

しかし、写真を見る限り(中には煽り機能を使っていると思われる風景もあるが)、多くは引ける位置まで引いて遠近感による建築物の上すぼみ現象を回避しているように感じる。レンズも極普通の28~50mmくらいを使っていたのではなかろうか?。

恐らくこういう写真を撮ると写真教室などでは「もっと寄らなくちゃ主題が判らないよねぇ」なんて言われてしまうのだろう。でも「引けるだけ引く」、これは風景を記録する上では大正解だ。これをどうも一部の方は勘違いされている。

さて、「東京消えた街角」、「東京懐かしの街角」はほぼA4サイズ、「東京の消えた風景」、「消えた風景を尋ねる 大人の東京散歩」はちょっと小さくA5サイズとなっている。また「「消えた風景を尋ねる 大人の東京散歩」は鈴木伸子氏がエッセイを書かれている。

どの写真集も昭和を楽しむには十分だが、最初の1冊となると、最初に発刊された「東京消えた街角」をお勧め したい。

それをパラパラと捲っていて一番ビックリしたのが下のページ。これは北区は王子3-1近辺ならしい。以前ここから徒歩で20分くらいのところに住んでいて、また王子、十条界隈は下町の風情を今でも残しているので、今も頻繁に散歩写真する場。だから庭みたいなものだが・・・。


「東京消えた街角より」

参考写真2


背景はいわゆるモルタル住宅で十条と言う地域がそんなに田舎でなかった証拠だろう。しかし、手前の風景。何このバラック、あばら家のような風景は?。「巨人の星」、「あしたのジョー」と言ったアニメで見られるような昭和40年代の風景よりも戦後直後のように見えてしまう。

これがどこだかさっぱり判らなかった。引込み線の風景との事だが、引込み線が撤去された後にあばら家が立ち並んだのか、これから引込み線を敷こうとしているのか?。確かにここには今でも日本製紙の物流センターがあり、1本の引込み線が存在する。

wikipediaを見ると、この引込み線は昭和2年には王子製紙(現日本製紙)の専用路線として開通しているとの事(王子製紙でなく十条製紙とされている文献も)。だから昭和44年に引込み線風景として撮影しているのなら線路は敷かれていた筈。

色々と調べてみると、どうもこれは引込み線の写真じゃない、そんな結論に至った。goo地図で昭和38年の航空写真を眺めると何となく判る。王子3-1周辺、引込み線に交差して盛り土されているっぽい道路のような風景が拝める筈だ。

これを現在の風景に重ねると、都道455号線だろう。そしてこの455号線はJR鉄道の上を通る為に陸橋となっている。つまり、この写真の風景は引込み線でなく、都道455号線になる以前の盛り土された道から十条の台地を撮影しているのではなかろうか?。

うーん・・・。まぁ、そんな細かい事、ど~でもいいか。とにかく以前住んでいた場所から歩いて20分くらいの40年前がこんな風景だった、そう認識し、楽しめれば良いのだ。

本日トップの写真は北区王子3丁目付近のもの。ご覧の通り、盛り土はされていない。そして右奥に橋が見えると思う。これが都道455号線で、それを反対側、王子駅方面から撮影したのが下。


王子3-1周辺を望む

参考写真3

Olympus E-P3, 14-42mmF3.5-5.6II R


上を通っているのが新幹線。左下の線路がJRで、新幹線の下を通っているのが日本製紙の引込み線。そして奥で新幹線に交差しているのが都道455号線で、加藤嶺夫氏は恐らく、写真右手から左手に向かってカメラを構えていたと思われる。


この辺で撮ったんじゃないかと

この辺で撮ったんじゃないかと

Olympus E-P3, 14-42mmF3.5-5.6II R


そしてこの最後の写真が、加藤嶺夫氏がカメラを構えていた辺りではないかと勝手に思っているのだった。奥は十条の台地だ。そして手前の交差している高架が新幹線で、そこと私が立っている位置の真ん中くらいに引込み線が走っている。

これだけを撮る為に先日わざわざ王子まで出向いたのだ(笑)。だからこの推察が間違っていたら洒落にならん!。


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コメント

  1. たくあん | URL | HfMzn2gY

    いいですね~そのシリーズ。
    今度本屋さんで探してみます。
    北区界隈が欲しいですね。

    ところで、盛り土の引き込み線だと言われてる写真ですが多分ここです。
    http://www.kitanet.ne.jp/~takashi/a-mati/nyu11.htm
    文中にトンネルの写真がありますが、その上を走っていた軍用鉄道があったんです。
    写真の盛り土部分はBigDaddyさんの想像通りに現在の455号線(軍用鉄道の跡地)で間違いないと思います。

    大正時代の地図を見ると現在の十条駐屯地(銃砲製造所)から区立中学(火薬製造所)を通り荒川まで
    電車が走っていたようです。
    この界隈はドック跡もあり陸軍用地の境界石も残されています。
    http://takuan21a.blog35.fc2.com/blog-entry-252.html

    実はこの景色を子供時代に見ているんです。
    とは言っても昭和50年代なのでかなり違うかもしれませんが(^_^;)

    ある日、ふとこのトンネル脇を登ってみたくなった日があり(笑)
    登ってみると古い木造の家が立ち並び、異様な風景を目にした記憶が今でもハッキリ覚えています。
    帰って母親に言うとあそこは朝鮮部落があるんだよと教えてもらったんですよね。

    それから数年後には開発が進みいつのまにか立派な道路になっていましたが。。。
    残念ながら今ではこの写真のトンネルもありませんし、面影も全くありません。

    現在は455号線の真下にチンチン山児童遊園がありまして、そこでこのトンネルの写真を見る事ができます。
    数年前、そこでその写真を見た時思わず声を上げて当時の事を一気に思い出したんですよね~

    あーあの頃の写真を撮っておけば良かったな~と今更ながら思います。。。(^_^;)

  2. BigDaddy | URL | -

    > たくあん さん

    しまったぁ!、ご存知の方がいらっしゃったか!。

    実はほんの1時間前、先日撮影した写真を眺めていて、チンチン山の解説板を記録として撮影していたんです。そこに、たくあんさんのコメントとほぼ同じ事が書かれていて、明後日の記事で追記として文章を書いていたんですよ(笑)。

    いやぁ、でもありがたいです。たくあんさんが書かれる前にその事実を知った訳ですが、ほぼ同じ時間帯に同じ思考でコメントを頂けるなんて、テレパシーではないかと感動しています。詳細な情報をありがとうございます。

    知らない事もありました。何故ここだけがバラックだったか。部落だったんですねぇ。しかも昭和50年代まであったのですか!、これはびっくりです。惜しいですねぇ、お写真を撮影されていれば・・・。

    実は私は子供の頃、母親に連れられて名主の滝公園とその上のプールに何度か行った事があるんです。王子駅から歩いたのか、十条や東十条駅から歩いたのか定かではありませんが、少なくともブールはチンチン山の頂上ですから、当然バラック風景を見ている事になるんですが、全く記憶がありません(笑)。

    さて、明後日の記事も今回の追記に加えてその部落写真などを紹介していますのでご覧下さい。そして加藤氏の写真集、是非購入される事をお勧めします。区毎の写真集はどうも1ヶ月1冊出版のようで、北区や荒川区と言った城北は2年先くらいでしょうね(笑)。でも今回紹介した4冊はホント楽しめます。

    この写真集とGoo地図の昭和38年、昭和20年の航空写真を見比べて、先日なんて4時間もパソコンの前にいましたよ(笑)。良い暇つぶしです。

  3. たくあん | URL | HfMzn2gY

    先にネタばらしをして申し訳ないですm(__)m
    部落の事以外は全てご存知だったんですね。

    高校生まで赤羽に住んでいたのでこの界隈の事は色々と調べたし体験もしているんです。
    小学生の頃は飛鳥山公園や名主の滝には自転車で良く行きましたよ。
    その時にこのトンネルもいつもくぐっていたんです。

    小学生の時に部落もなくなっていたような気もするので
    今の時代と違いカメラも持っていなくて撮影は無理でした(笑)

    追記記事楽しみにしています。

  4. BigDaddy | URL | -

    > たくあん さん

    いえいえ、うちのブログは文章が長ったらしく、あまりコメントが付かず、たくあんさんがコメントされずに、次回のネタで「実はこうだった」と書くと、なんだか単なる自己満足のマスターベーションでしかなく、コメントを頂けて嬉しい限りです。99%の確信が100%にもなりましたし。しかも先にも書いた通り、同時刻に同じような事を考えていた訳ですから面白く思っています。

    飛鳥山、ではタワーがあったのご存知ですよね。確かこのタワーが壊された後に川口に住んでいて、仕事先が亀戸だったもので、王子を通ると、ああ、あそこにタワーがあったんだよなぁと寂しい気持ちになったのを覚えています。タワーに上った記憶はないのですが・・・。

    時に名主の滝公園、なんか昨年からずっと滝が止まっていますよね。修理する気ないんでしょうかね。


  5. kawakita | URL | -

    いい写真ですね。

  6. BigDaddy | URL | -

    > kawakita さん

    どうもありがとうございます。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

  7. たくあん | URL | HfMzn2gY

    そう言っていただけてありがとうございます。

    飛鳥山公園のタワーよくは覚えていますよ。
    懐かしいですね。

    小学生の頃には何度か上がりましたよ。
    ゆ~っくりと回転してたんですよね~いつのまにか無くなっていましたが。。。

    調べてみると1993年に取り壊されたようです。
    山田洋次監督の「学校」という映画に登場しているとの事です。

    写真もネット上にありますね
    http://sasazuka.blog.ocn.ne.jp/nakano/2008/05/post_f539.html


    名主の滝は震災後に行った時は節電で水を止めてると言っていました。
    今でもそうかもしれませんね。

  8. BigDaddy | URL | -

    > たくあん さん

    飛鳥山のタワーって飛鳥山スカイラウンジって言うのですね。昔からタワーって呼んでいましたよ(笑)。
    回転していた・・・、うーん、となるとやっぱり昇った事ないのでしょうね。回転していたら覚えていそうなものです。

    まぁ私も仕事場の関係で、京浜東北線、埼京線、南北線沿線ばかりに住んでいますから、特に上野から根津、田端、王子、十条、赤羽、この辺の台地の際は庭みたいなものなのですが、知らない事多いですねぇ。ただ、田端は再開発しちゃってもう昭和が消えつつありましたねぇ。ポプラ坂のポプラ荘の路地が更地になっていてたまげました。

  9. 兎 | URL | -

    はじめまして。

    記事TOPの会社で働いてます(笑)はじめまして。
    EOS 7Dで、一眼デビューして四苦八苦してるうちにココに辿り着きました。

    日本製紙は元々王子から分かれて十条製紙になったんで、どれも間違いではないです。
    引込み線周辺は春の桜も綺麗ですので、桜の季節にまた訪れて、素敵な写真にして欲しい
    なぁと中の人は思います。

  10. BigDaddy | URL | -

    > 兎 さん

    わざわざ情報をありがとうございます。なるほど、そういう経緯があったのですね。JRの駅だと十条と王子があるので、別の会社かと思っていました。引込み線脇の桜並木、一度撮影した事があります。確かにあそこは綺麗ですよね。

    EOS7D、良いカメラですよね。一眼ラフ楽しまれてください。また今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

  11. トダジー | URL | mUoyEvlA

    検証・東京消えた街角と東京懐しの街角

    はじめまして。

    加藤嶺夫さんの写真が好きであれこれ調べているうちにこちらへ招かれてしまいました。もちろん写真は撮ることも大好きですが、私はまた違う方向からのアプローチを行っています。

    当時の写真と住所を元にGoogleストリートビューで現在の場所を確認し、ガラッと変わってしまった風景の中から当時の営みを発見することです。

    30〜40年も経っている街並みの中に当時の建物が屋号が電話番号が、そして看板に書かれた病院や店舗を発見して一人感動して悦に入っています。

    「東京消えた街角」を2012年に「東京懐しの街角」を2014年に時間を見つけては調べていました。先月久しぶりに見直してみるとGoogleストリートビューの仕様が変わったのか、記録した時と違う方向に向いており改めて調べ直しました。たぶんタイムマシン機能が影響したのだと思いますが結果的にこの再調査が功を奏し、前回分からなかった場所を見つけ出し特定出来たのは大きな収穫となりました。

    写真と違って興味を惹かれるか分かりませんが、よろしければご覧になってください。

    検証・東京消えた街角
    https://goo.gl/SjZUhp

    検証・東京懐しの街角
    https://goo.gl/hFuBD5

  12. BigDaddy | URL | -

    > トダジー さん

    コメントありがとうございます。

    もしご覧になっておられなかったら次のページ、、、

    http://bigdaddyphoto.blog41.fc2.com/blog-entry-1019.html

    もどうぞ。そこでは三田の小山湯と樋口一葉の元住居写真を掲載しております。

    加藤嶺夫さんは一般的はマイナーな方なのでしょうね。ネットで検索してもほとんど情報がありませんでした。でもトダジーさんのように今昔を検証されている方がいらっしゃるとは驚きと同時に良くぞその手のサイトを立ち上げ検証して下さった!、と非常に嬉しく思っています。

    流石に2つのサイトの全てを見て回るには時間がないのですが、自分が行った場所を幾つか拝見しておりました。

    今後、この立ち上げられた2つのサイトを参考に色々と巡ってみようと思いました。

  13. トダジー | URL | mUoyEvlA

    今後もよろしくお願いします。

    私もペンタックスユーザーなので、こちらのブログは時々お邪魔して拝読しておりました。ご紹介いただいた小山湯や樋口一葉の住居跡は何度も読んで地図とにらめっこしていました。

    実を言うとgoo地図に古地図機能が有ることを知らなかったため「東京消えた街角」はGoogleマップだけで調べてしまい、goo地図は「東京懐かしの街角」の途中から活用しました。

    もう少し早く知っていたらと悔やみましたが、200頁を超える書籍をもう一度最初から調べ直す気力もなく、今回は諦めた次第です。

    調べた結果はブログなどで公開したいと考えましたが、著作権の関係で元の写真を掲載することが出来ないため、今後も表組みを使った調査結果のみを時々公開したいと考えています。

    誤字脱字も多く、言い回しもバラバラで統一感もありませんので、今後は分からなかった場所の特定を含めてブラッシュアップしていこうと思います。

    もし、ご覧になられて間違いや新しい発見などがありましたらアドバイス頂けたら幸いです。

  14. BigDaddy | URL | -

    > トダジー さん

    小山湯はさっきGoogleマップで確認したところ名称が出ていましたね。ただあそこまでストリートビューが来ておらず、豆腐屋さんの横路地、ここを入るとあるんですけど。樋口一葉のは文化財となっていた筈なので文京区のサイトに住所が出ているかと思います。

    私の場合、普段の散歩写真では道に迷ってウロチョロしているので樋口一葉の住まいも何度も訪れていはいても最寄の駅から最短でどう行くのか理解していません(笑)。

    goo地図は面白いんですよね。最近はさらに遡って江戸古地図で落語の世界の江戸の町や吉原や他の岡場所にどう歩くべきか、そんな妄想したりしています(笑)。また名曲神田川の風呂屋はどこかとか色々と昭和探しをしております。この辺は過去のうちのブログにもネタとして掲載しております。

    町の今昔は本来はあの出版社がもうちょっと頑張って加藤さんが撮影した場所をもう一度編集部で撮影したなんてするべきですよね。1冊だけあるんですよね。加藤さんの昔と今を写真で比較している書籍。

    でもそれを個人がネットで公表する、これは実に素晴らしいことで感服しております。是非今後も頑張られてください。そしてこちらこそ今後ともどうぞ宜しくお願い致します。


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