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ウィリアム・エグルストン(William Eggleston)をさらに語る

2013年08月01日 00:00

真夏なのに人がまばらだった観光地にて

真夏なのに人がまばらだった観光地にて

Pentax K20D, Tamron AF18-200mmF3.5-6.3II

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポッ プアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



先月末に、、、

ウィリアム・エグルストン(William Eggleston)
当たり前の風景の中で目を凝らすと・・・
エグルストンは不審者に見える

とエグルストン絡みのネタを3本書いた。でもまだ書き足りない。

エグルストンの写真を紹介しているサイトを見つけた。

William Eggleston|ウィリアム・エグルストン 作品など まとめ

そしてオフィシャルサイトもあった。

William Eggleston

オフィシャルサイトで彼の作品を見る場合、左メニューから「Articles & Essays」を選び、出てきた文章群から、アンダーラインが引かれている部分をクリックすると幾つかの作品を見られる。

こうやって100点近い彼の写真を見ていると浮かんでくるのが「普通」と言う言葉。決してアートに富んでいる訳でもなく、ドキュメンタリーを重視した像でもなく、先日も書いたが、もしこれがエグルストンの写真だと知らなければ、さらりと眺めておしまい、そんな感じのする写真達。

でも昭和をお散歩写真を愛する者は「普通」が良い表現であったりするし、エグルストンは大都会の町を美しく切り取るのでなく、田舎町、それも廃れた町を記録するかのように写真を撮っている。

見過ごしそうな極普通の風景を切り取る、これがお散歩写真であり、しかも昭和、懐古好きカメラマンはこういった廃れていく姿を記録したいと考え、シャッターを切る。本人の談を見聞きした訳じゃないが、彼もきっと世に出始めた1970年代からの懐古マニアなんだと思う。

ヒストリーチャンネルに「眠ったお宝探し隊 アメリカン・ピッカーズ」と言う番組がある。骨董屋さんがアメリカに古い品物を田舎町を中心に集めて回る、それをひたすら追うだけの番組だがこれが面白い。ビンテージ好きと古い時代が好きは決してイコールではないが、似た者同士には違いない。

そしてピッカーズの面々が立ち寄る町はエグルストンが撮影しているような何もない田舎町で、この番組を見ていると、常にエグルストンを思い出してしまい、「あっ、今の風景、エグルストンだったらシャッターを切っているだろうな」、そんな見方をしてしまう。

さて、そんな事を考えているうちに面白い事に気付いた。いや、以前からずっと気付いていたが、こうやって文章にしてみようと思ったのは今回が初めて。

昭和好きな東京下町の路地を探検するのが好き。町の毛細血管部である路地は再開発でもされない限り、昭和がごっそりと残っているからだ。

しかし、路地探索とエグルストンの撮る風景を比較すると何かが違う。それは圧迫感。下町は家々が密集し、ごちゃごちゃしているし、一応はどんなに寂れている場所でも東京だからして、遠方に目を移すと必ず背の高い建築物が見えている。

「東京は空が狭い」、写真好きでなくともそう表現する事が多い、それが東京。23区の平野部を離れ、郊外へ行っても人工物が山々になっただけでやはり東京の空は狭いと感じる。

ここに圧迫感があり、むしろごちゃごちゃした風景だからこそ、圧迫感をより強調している昭和好きカメラマンは沢山いると思う。

でもエグルストンの写真はそうじゃない。そりゃぁ広大なアメリカと東京の町を比べたら、誰が撮ってもアメリカへ行けばエグルストンのような写真になるのだろうが、そう考えるのでなく、エグルストンの写真は見ている者に圧迫感だとか緊張感を与えないと言えば良かろうか?。非常に優しく牧歌的な風景がそこに広がる。

日本で牧歌的と言えば里山が挙げられる。でもそこに写る風景は自然と人間との融合であり、それは自然の方がプライオリティが高く、エグルストンのそれとはやっぱり違うと感じる。エグルストンの写真は自然を重く見てはいないと思う。

つまり里山とは今も昔も里山であり、そこには栄枯は感じない。エグルストンの撮る風景は時代と共に失われていくはかなさが常に伝わる。かつてこの町もゴールドラッシュか何かで発展していたのだろうなぁ、と勝手に妄想出来ちゃう。だからエグルストンも古き良き時代を懐かしむような人物じゃなかろうかと思うのだった。

東京の町こそ流行り廃れがあり、栄枯を感じる・・・、確かにそれも言える。しかし上述したように東京の空は狭く、息苦しさを表現するには格好の地域だが、エグルストンのような開放感のある優しさを撮ろうとするには向かない気がしている。

だから日本でエグルストンのような風景を撮るのだったら、東京よりも地方、ある程度栄えていた地域でバブルが弾けて以降、右肩下がりな観光地、温泉街なんて適していると思う。財政破綻した夕張もそうだろう(そう言えばデトロイトの現状にびっくり。町が空家、廃屋だらけ)。そして山間ではなく空の広い平野が理想だ。

本日の写真。エグルストンに似せて撮っている訳ではないが、彼の写真って時折、「ちょっと微妙~、凡人には判らん・・・」なる風景に出くわす。それをひっくるめてエグルストンだと思っていて、単写真としてのインパクトには欠けるが、栄枯を語れる風景としてこれもありだと思っている。


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