にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ
にほんブログ村のランキングに参加中です

村八分って本当にあるのか?

2013年09月14日 00:00

廃な風景

廃な風景

Pentax K20D, SMC FA35mmF2AL

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポッ プアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



先月、悲惨なニュースが飛び込んできた。山口県の集落で起きた連続殺人放火事件だ。これって規模こそ違えど、津山事件(金田一耕助シリーズ「八つ墓村」のモデルになった日本史上最大の犠牲者を出した連続殺人事件)と同じではないか!、そう思った。

今日はそのニュースから村八分に関して書いてみたい(時事ネタでもなく、アカデミックな内容でもないので悪しからず)。あくまでも写真ネタである。

火事と葬式だけは面倒を見てやるが、他は一切してやらんぞ!、これを一般に村八分と言う。確かに火事は延焼したら他に迷惑が掛かるし、死んだたら死んだで死体を始末しないとならないから、言い得て妙な表現だ。

山口県の事件でも戦前の津山事件でも犯人が(集落全体の意において)村八分に遭っていたかは何とも言えないが、それに近い状況であったろうし、少なくとも両者が集落の人間に対して劣等感を持っていたのは確かだ。

山口の事件では連日レポーターが現地入りし、集落の人々にインタビューしていた。何か普通の事件とは違う気がした。Uターン組の新参者、変人扱い、当初はそんな声ばかり。でもこれって子供のいじめで良くあるパターンで、いじめた側の主張にしか聞こえなかった。

事件直後のインタビューを聞いて、もしかして加害者は村八分に遭っていたんじゃないか?、そう感じた。と言うのも本当に変人で危険そうな人物であれば集落の人が警察に相談してもおかしくはない。なのに実際には犯人が警察に相談しているし、今回の被害者が加害者となって殺傷事件が過去に起きている。

亡くなられた方がいらっしゃるから、安易な発言は出来ないが、インタビューやマスコミによって明らかになった事実(らしき内容)を聞いていると、起こるべくして起こった事件、子供のいじめは自殺に繋がるけど、大人へのいじめは感情が外に出て殺人事件となる、そう感じずにはいられない。

この事件に関しては色々な方がブログ等に意見を発表しているので、興味ある方は検索されて頂きたい。真偽は抜きにして、限界集落は精神的な面でも限界、これを理解されるだろう。

ある人がほんのちょっと変わっているだけできっと周囲でひそひそ話が交わされるに違いない。それが悪いとは言わない。小さなコミュニティでは常に起こる当たり前の現象だからだ。

会社でもそうでしょ?。小さな会社であっても必ず1人は変わり者がいる。実は私はそれで通っていたりする。私生活を一切話さないのと、サラリーマンではルールにもなっているランチを部署の皆で食べに行く、これの意味が判らず、いつも単独で頂いている。たったこれだけで変人扱い。

仕事は手を抜かず、体型はレスラー並なのと、同僚曰く、プッツンするタイミングが判らないとの事で、武闘派のレッテルを貼られているから(内心不快だとしても)歯向かう人間は一人もいないが、もし内向的でもやしっ子だったらきっと仲間外れにされていたろう。

以前勤めていた会社、隣の部署に奇妙な人がいた。まず無口。飲み会でも端っこに座ってただみんなの話を聞いているだけ。それだけなら良くいる。でも彼は週に何度かランチの後、バナナを抱えて帰ってくる。家からバナナを持ってくるのでなく、会社近所の八百屋さんだかに寄ってバナナの房を裸で抱えてくる。

そしてそれを給湯室に置き、休憩時間にモグモグする。バナナダイエットが流行るずっと以前の話。一度尋ねた事があった。「バナナが好きだから」、そんな当たり前の回答しか得られなかった記憶がある。大人ってそこから話が膨らむでしょう?。でも彼との話は全く膨らんでくれない。

ある時期から女の子達が「バナナ君」とあだ名し、やがてそれが全社員が浸透する。本人も薄々そう呼ばれている事に気付いているし、飲み会の席で「酒の肴はバナナじゃなくていいのかい?」と本人に問うたりしちゃう。

もし本人がこれをいじめだと思えばいじめになるんだろう。でも我々は彼の特徴に対して軽口を叩いてだけ、そんな意識しかないし、仕事で接する時は勿論そんな冗談は言わない。

でも限界集落となったらそこで止まらないんじゃなかろうか?。24時間365日、20人以下でしかない人間だけとしか付き合わない。軽口がいずれ悪口になり、ある事ない事を噂する。変人と言うレッテルが貼られた瞬間に周囲は想像で語り始める。

さて、これをどうやって写真に結びつけるのか?・・・。

地方を旅していると街道沿いに幾つもの集落を見つけられる。昭和好きなのでわざと山奥の限界集落まで足を伸ばす時も多い。そんな際、集落の中で、何故こんなところにわざわざ家を建てているのか?、なるお宅を良く発見する。

集落の外れに建っているだけなら気にもならないが、そこの立地条件とでも言おうか?。普通の人はこんな場所に住みたいとは思わないでしょ!、なるところにポツンとバラックが建っていたりする。そういうのを見ると「これって村八分に遭っているお宅か?」と思わざるを得ない。

フィルム時代、一度だけ、勇気を持ってそういうお宅を発見した集落の方に「あそこにとんでもない家が建っているけど・・・」と問うたところ「詳しくは知らないけど、ずっと昔、色々とあったらしくて・・・」と答えてくれた。

何かの原因によって、その人がそこに追われたと言う。要するに村八分である。多くの人の記憶から消えているであろう月ヶ瀬事件、この犯人一家がやはり村八分で僻地に住まわされたらしい。コレラ等の伝染病でもそういう事があったらしく、その子孫が今は村八分されている訳じゃないが、未だにそこに住んでいる、そんなパターンもあるようだ。

人間の心理とは面白いもので、私のようなちょっと立ち寄っただけの観光客にはその手の集落の人々は大概優しく接してくれる。道を尋ねるとこれでもかと言うくらい丁寧に教えてくれるし、周辺の写真を撮りたいけど、ここに車を止めても良いかとお願いしてもまず断られる事は無い。

また山梨県のとある限界集落では廃屋だらけの反面、若い世代を呼んで集落を復活させようなる活動があったようで、田舎暮らし初体験の都会の新参者に対して親切に接してくれているらしい。でも世の中、閉鎖的で一般常識が通用しない限界集落もあるようで・・・。

スティーブン・キングの小説であるよねぇ。田舎町にて、個々が憎しみ合うように情報を操作し、殺し合いをさせる、そんなホラー。でもそれはキングの空想じゃなかった。現実にもこういう事は起こる。山口の事件がまさにそんな気がする。

本日の写真、昭和の香りプンプンの廃屋だ。これが村八分になったお宅かどうかは全く判らないが、集落の外れにあった。ある街道を走っていれば嫌でも見つけられるくらいかなり目立つ場所にあり、何故ここが取り壊されていないのかが不思議。

そして妄想する。村八分に遭っていた家だから誰も壊そうとしない・・・。


にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ
にほんブログ村のランキングに参加中です



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)