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デジタルフォトは作り込む楽しさがある

2014年10月17日 00:00

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Canon EOS-1NRS, EF50mmF1.4

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



前回の記事からの直接的な続きではないが、派生ネタって事で・・・。

モノクロフィルムを使って自分で現像、プリントする・・・、これは十分に作品と呼べる。その写真がつまらない風景であっても、カメラマンが自らの意思で作り込んでいるからだ。

カラーフィルムの場合、リバーサルフィルムでは己の意思を主張するのは撮影時だけ。風景にマッチしたフィルムを選び、構図、露出を整え、各種フィルターで色を強調する、それしか出来ない。

カラーネガフィルムは写真屋さんと親しくなれれば、色調やコントラストを変化させる事は可能だが、それでも専用の現像、プリンターマシンを持っている筈も無く、誰かのお手伝いによる絵でしかない。

以前にも書いたが、モノクロフィルムの現像、プリントは過去に何度も経験した。でもそれは説明書に従って行っているだけ、現像、プリントに長けていた筈もなく、そこには自分の意思なんて皆無。単に「おー!、絵が出てきた、出てきた!」とはしゃいでいるだけ。だから自宅に暗室を持っているカメラマンが羨ましくてしょ~がなかった。

それがデジタルになってモノクロどころかカラーでも自分の意思を100%主張出来る。デジタル万歳だ。フィルムカメラに戻る気がさらさらない理由(中判の6x6は別にして)、デジタルになって、モノクロフィルムのようにせっかく撮影からプリントまでを全てを自分の意思で行えるのに、何故わざわざ他人が介入なくしては成果物にならないフィルム写真を今になってやるのかが理解出来ないから。

リバーサルフィルムやカラーネガフィルムからのプリントを格好付けて「作品」と呼びたくもなるが、やっぱり写真は「写真」でしかないんじゃなかろうか?。勿論アートでもないんだ。

民俗、DNAの違いからなのか、欧米のカメラマンの写真は日本のカメラマンの写真はデジタル時代に突入してから数倍派手なのが多い。忠実色とか記憶色なんて丸で無視し、「これってCGですか?」、そんな写真ばかり、そしてそれがもてはやされていたりする。

単に派手にすりゃ良いとは決して思わないが、私も忠実色、記憶色なんてどーでも良いと思っているタイプ。俺の見たモミジの赤はこれじゃない!、そんな思考ではなく、オレが感じるモミジの赤はこれだ!、勝手に創造してみたぞ!、そう言い切りたい。

前回の記事の写真もこんな風景が眼前に広がっていたんじゃない。「写真」じゃなく「写偽」である。

また時折、下町オンボロ風景や廃景でシアンに被った汚い写真を掲載するが、これも当然、そんな色の風景があったんじゃなく、またカメラが勝手にホワイトバランスなど変更したんじゃない。オールドコダクロームを模倣しようと強い意思が働いている。

フィルム時代、こんな事は出来なかった。シアン被りと言っても単にシアンのフィルターをかましているだけじゃなく、ハイライトとシャドーで色の加減を変えていたり、海外ではミルキーブラックと呼ばれているのかな?、トーンカーブを利用して、黒の締まりをえげつない程に悪化させたりと、結構色々とやっていたりするのも多い。

ちなみに、カラーネガフィルムで大きく露出不足している写真をプリンターの設定で無理矢理暗部を持ち上げるとこのミルキーブラックになってくれる。決して綺麗じゃない(笑)。

運良く、写真のデジタル化はデジタル創生期から行っていて、当時はCanonのFS2710(そこそこ高価な代物)を使ってリバーサル、ネガフィルムをスキャンしてはPhotoshop(当時はまだCSにもなっていないVer5、Ver6の時代)で、そりゃぁもう今では考えられないくらいの複雑な作業をしていた。

私のレタッチテクニックはこの頃に培われたもの。特にオネーチャン写真は撮影中に可能な事は全てやり、さらにスキャンしてからPhotoshopで色々とやっていたなぁ。今日の写真もそんな感じ。

これ見つけ出すのにエライコチャだった。押入れのダンボールを引っ掻き回し、まずその手の写真を見つけ出し、さらに肖像権の問題もあるから(そりゃぁ当時のモデルさんも今になってネットで公開されちゃ不快でしょう)、それをクリア出来る「あやふや」な写真・・・。

これも手法は前回の記事の写真と原理は同じ。デジタルがアナログになっただけ。タングステンのフィルムを利用してハイキーに撮影している。しかもこの時の意図は綺麗なポートレートなんぞ撮ろうとは一切思っておらず、女性の体は図形でしかなく、ピントもわざと外している。

ただ、現場だけではこの写真は成立しない。ハイキーの露出だからここまでシルエットになってくれないんだ。この写真は大して複雑な処理はしていないが、当時を思い出し、Photoshopでガツンをシャドーを落としていて、顔だけにはレフを当てていたから、今回用に表情が読み取れないように処理している。

2009年にデジタル一眼レフのPentax K-mを買ってから少しの間はほとんどPentaxが提供するカスタムイメージをそのまま使っていたが、LightroomがVer3になったのをきっかけにデジタル現像の世界へ・・・。そして今に至る(笑)。

デジタル現像は知識なんて全く必要ない。難しい事は全部ソフトウェアがやってくれちゃう。失敗したらやり直しゃいい。そうして好き勝手に弄くっていれば何とかなっちゃうもの。専門的なスキルは不要で、誰もが同じスタートラインってのがいいじゃないか!。つまるところ技術ではなく「センス」のみで勝負出来る。

そしてそうやって作り込んだ写真は(写真の内容、見る側の好き嫌いはともかくとして)、本人が作品だと言い張れば作品なんだと思う。

Pentaxのカスタムイメージを使って、10月1日の記事10月5日の記事で紹介した、「ほのかクローム」、「クールクローム」、「クリアクローム」、前回の記事で「ほのか」とホワイトバランスのタングステンの組み合わせだって立派な現像、レタッチ術であり、作品と呼びたい。

性格的に細かい作業は苦手ではあるが、このデジタル暗室、現像処理はどうも性に合っている気がしてならない。


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コメント

  1. ななし | URL | mQop/nM.

    今日の記事の、特にタイトルにはワタクシも「激しく同意。」でして(笑)
    他人にそれなりのデジカメを勧めるときは、機種そっちのけでLightroomを買えと(笑)

    だって1粒(というか写か?)で2度も3度も美味しくなるわけじゃないですか!
    撮って楽し、見て楽し、弄って楽し、見せて楽し。お、4度だった(笑)

  2. Mfotos | URL | 1O2DPKrI

    全く同意します

    遅ればせながら最近、記事を読ませていただくようになりました。同意する内容多くたいへん勉強になります。現像レタッチを写真家として邪道かのように批判する人がいますが、何をもっていけないことなのか理解に苦しみます。50過ぎにしてまだまだ駆け出しですが、デジタルライフ楽しんでいこうと思います。内容、フェイスブックにてシェアさせてください。

  3. BigDaddy | URL | -

    > ななし さん

    同意して頂きありがとうございます。
    Lightroomを買え、これは一理あると思います。仰る通り、撮って、見て、弄って、見せて・・・。そして弄って、見せては(良い意味で)永久ループにハマる事も可能で、写真を自分流にアレンジする楽しみが増えますもんね。

    今後のネタになりますが、超高感度域のノイズ、これも上手く現像処理を施せば現行機に勝てる筈はないものの、A3~A2くらいのプリントには十分耐えられたりします。

    良く特にプロカメラマンが駄目な写真はレタッチしても駄目なんて言いますが、そんな事あり得ません(笑)。勿論、撮影中にしっかりと撮影されたものはより優れていますが、失敗を成功に変えるのが何が悪いのか?、私はそう思いますねぇ。まぁ明らかな失敗をレタッチで救おうとは思いませんが、「嗚呼、あとちょっと・・・」ってのはレタッチ推進しますねぇ(笑)。

  4. BigDaddy | URL | -

    > Mfotos さん

    ありがとうございます。今後の為にちょっとお尋ねしたいのですが、うちのブログ、どこでお知りになりました?。

    さて、Mfotosさんのブログ拝見しました。レタッチ中心のブログなのですね。今後のネタになるのですが、エリック・キムと言うキャンデットフォトグラファーがこんな事を言っています。

    「Photoshop使ったと言うと何故か人は急にあなたの写真の価値を下げる。こういう時はPhotoshopではなくデジタル暗室と言う事」

    言い得て妙ですよね(笑)。今はカメラでホワイトバランスも色調も、レンズ補正も、そしてOlympusの最新機種ではキーストーン補正が加わったらしく、どこまでを写真、どこまでをCGと呼ぶのかもはやどうでも良くなっていると思うんです。

    例えば嘘を吐いて、Mfotosさんの月の合成写真を「肉眼でもこう見えた」、それは単なる噓吐きですから、レタッチの是非とも関係ないものですもんね。

    次回のネタもこれに絡めた話になるので、是非お読みになって下さい。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

  5. AJW | URL | irFTj9vI

    こんばんは。 またまたお邪魔いたします。
     単色で攻めておられますね!。着衣なのか裸なのか?いろいろ謎があり想像させる画だと思います。
     
     記しておられますようにデジタル作画は簡易であればあるほど、よほどの完成度を要求されるような気がします。言い換えますと徹底した「攻め」が必要かと。
     色調、ボケ具合、それと形態の抽出なら贅肉の無いトリミング。評するわけではございませんが、一案として、天地左右、特に頭頂部を半分と背中の貼り出しを断ち切りのトリミングを施せば、女性の心情に感情移入できるのではないでしょうか。  簡易であるほど、万人の目は肥えていくような気がします。

  6. Mfotos | URL | 1O2DPKrI

    ブログは日本ブログ村だったかFC2ブログだったか忘れましたが、ランキング上位に入っているものを拝見させていただこうと見つけました。
    さすが、上位に入るブログは違うと思いました。

    私のブログは本当に初心者向け、カメラを始めた友人たちが何人かいたのと、同じくD3200を譲った私の息子に向けて書いた内容です。
    たまたま最近の記事がレタッチ中心になってますが、メインブログもハテナブログで書いています。

    ところでほんと、デジタルの時代になって写真は変わりましたね。
    自分でいろいろ編集できるなんて、こんな面白いことはない。
    しかし、最近の海外のカメラマンの作品はさすがについていけない面もあるにはあります(笑)

  7. BigDaddy | URL | -

    > AJW さん

    ありがとうございます。

    勿論、デジタル写真を加工する場合は徹底的に攻めるべきでしょうが、何しろフィルム時代の話ですし、この時のコンセプトは白昼夢ながらも「生っぽい」を確かイメージしていたと思います。

    ですからわざとカーテンをチラリと見せていたりします。もう詳細は覚えておりませんが、それによりモデルさんがベールを羽織っているのか、否かも見る人に想像して貰うように、そんな意図があったように記憶しています。

    AJWさんのお考えのコンセプトは恐らく女性の内面をより表現しようではないでしょうか?。だとすると仰る通り、そぎ落としが必要かもしれませんよね。良いアイデアありがとうございます。とは言え、もう人物は撮る気はないんですけどね(笑)。


  8. BigDaddy | URL | -

    > Mfotos さん

    なるほど、ランキングからいらっしゃったのですね。どうもアクセス解析をブログ村から訪れる人ってあまり多くないので、ランキングは意味がないとずっと考えていました。とは言え、拍手ボタンも含め、ブログ村バナークリックをして下さる方もいらっしゃるので、一定の効果はあるのでしょうね。

    デジタルは簡単かつ面白いのですが、反面難しいですよね。どこまでレタッチするべきか、仰る通り海外のカメラマンの作品を見ていると、民族の違いを感じます。私は流石にネイチャーフォトで大きなレタッチはしませんが、彼らは平気で、大胆に凄い事をやってきますからねぇ(笑)。こんな風景あり得ない!、そんな風景を(笑)。

  9. aloha0044 | URL | -

    毎回、参考にさせて頂きながら読ませて頂いております。
    アートとはちょっと異なるかもしれませんが、先日デザイナーの田子學さんの講演に行ってきました。「デザインとは何か?」ということを話していました。
    私自身、普段からデザインやアートって何を基準に是非を決めるのか、定量的な判断基準のない分野に対して何かまやかしめいたものを感じつつも興味がありました。

    彼曰く、「意匠性だけでデザインの良否はきまらない。」とのことでした。どんなに「イケテル」ものでもそれだけでは評価されない世の中だとのこと。
    では一体何が基準になるのかというと、「人や社会をより良い方向に動かす「うねり」を作り出すこと」だそうです。

    事例として、自身がてがけたナルミ食器やナスタの物干し竿を挙げられておりました。どちらもデザインとしては目立ったものがなくても、その社会的貢献度からデザイン性を高く評価されたものだそうです。

    アートとデザインはイコールではないかもしれませんが、
    そういった意味では、先日の記事にあった「秘境に通い詰めてやっと撮った写真」がいかに素晴らしいものでも、それが社会や人に与える影響が小さいとアートではないのか?!

    う~ん、興味深いテーマです・・
    今回のBigDaddyさんの意見の展開を興味深く読ませて頂きました。

  10. BigDaddy | URL | -

    > aloha0044 さん

    コメントありがとうございます。

    田子學氏の話を含め、デザインやアートは、やはり成功したものだけが語れるんだと思います。アンディ・ウォーホールにせよ、ピカソにせよ、成功したから偉人なのであり、ゴッホはそうじゃなかった。それに尽きる気がします。

    アール・ヌーヴォー、アール・デコ、この辺を以前随分と素人ながら研究しまして、これらも田子學氏の通り、社会的にある種のムーブメントがあったから、今の時代でももてはやされているんだと思いますねぇ。

    アートにせよ、デザインにせよ、しっかりとした物差しがなく、結果、時代がそれを作っているだけでしょうし、田子學氏にせよ、成功したから語れる訳で、もし氏がそこらの企業のデザイナー室の一デザイナーだけであったら、そんな話、誰も耳を傾けないと思います。何偉そうな事を言っているんだよ!、と言われるだけでしょう(笑)。

    ただじゃぁこの手の話が無駄なのか?、決してそうじゃないですよね。アマチュアであろうが、カメラマンであろうが、画家であろうが、デザイナーであろうが、探究心があってこそ、それぞれが進化するのでしょうから、ちょっと優等生的な結論になりますが、常に心の中ではアートとはなんぞや?、と自問自答するべきだと思っています。

    今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

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