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名曲「神田川」の世界

2015年02月24日 00:00

冬の神田川

冬の神田川

Nikon D90, Nikkor 16-85mmF3.5-5.6

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



2月16日の記事は新宿~新大久保~早稲田のお散歩写真日記だ。その翌週、再び早稲田を訪れリベンジを試みた。

こういう時、歌詞を勝手に掲載しても構わないのかな?。まぁおっさん、おばはんなら誰もが知っている曲だから大丈夫でしょう。

以下、 喜多条忠氏が作詞した「神田川」の歌詞である。

貴方はもう忘れたかしら
赤いてぬぐいマフラーにして
二人で行った横丁の風呂屋
一緒に出ようねって 言ったのに
いつも私が 待たされた
洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸カタカタ鳴った
貴方は私のからだを抱いて
冷たいねって言ったのよ

若かったあの頃何も怖くは無かった
ただ貴方の優しさが怖かった

貴方はもう捨てたのかしら
二十四色のクレパス買って
貴方が描いた私の似顔絵
うまく描いてねって言ったのに
いつもちょっと似てないの
窓の下には神田川
三畳一間の小さな下宿
貴方は私の指先見つめ
悲しかいって聞いたのよ
若かったあの頃何も怖くは無かった
ただ貴方の優しさが怖かった


これをパッと眺めると、ほのぼのとした若い男女の日常を歌ったものように考えがちだが(子供の頃はそうだと思い込んでいた)、この頃の時代背景を考えると・・・。

本ブログで昭和史をアカデミックに紐解く意味はないにせよ、安保闘争、学生運動、全共闘、革マル派、赤軍派・・・、この歌詞はこの辺が全て引っかかってくる。

年末だっけな?、浅間山荘事件を追った番組があったり、先日は三島由紀夫が切腹するまで、そんなドキュメントがテレビで放送されていたりで、ますますこの詩が男女の日常だけでなく、当時の男子学生の生活を描いていると確信した。喜多条忠氏自身、1960年代後半に早稲田の学生で、リアルタイムで早大闘争を経験されていたのだろう。

実際には男女、両方の視点から考えられた詩ならしい。「いつも私が 待たされた」、これは喜多条忠氏が風呂屋の鯉を眺めていたから女性を待たせていたとされているが、そうかなぁ、風呂屋で闘争仲間と談義でもしていたんじゃないかなぁ。

そう言えば子供の頃、両親とお出掛けと言うと銀座だった。往路は電車、でも復路は決まって贅沢にタクシーだった。そして銀座からの帰り道、必ず市谷の自衛隊前を通り、親が「ここで三島由紀夫が割腹自殺したんだよ」なんて言っていたのを思い出す。

※子供だからして「三島由紀夫って誰だよ?」、な~んも興味が無かったねぇ

さて!。早稲田でリベンジしたとは?。

神田川の歌詞には幾つかのキーワードがある。

赤いてぬぐい
横丁の風呂屋
石鹸箱(小さな石鹸カタカタ鳴った)
クレパス
神田川
小さな下宿

つまりこれらの写真を掲載すれば、誰もが名曲「神田川」を思い出す。これをやってみたかったんだ。撮影したのは今月初め。機材はまたNikon。何しろ、年末に調整に出したPentaxカメラ、レンズに納得が行かず、再入院させて、それが返ってきたのが2月8日だったから。


面影橋 電停

2015-02-24-02


ネットが便利なのは家にいながらロケハンが出来ちゃう。

まず「早稲田 風呂屋」で検索する。それで曲中の風呂屋がもう存在しないのを知り、その代わりになる風呂屋を幾つかピックアップ、住所を頼りにそれらしい路地にある風呂屋を探し、googleのストリートビューで確認。

良し!、ここだったらイメージに合うぜ!。そうやって見つけたのが下のお風呂屋さん。しかもこの路地、名前を「地蔵横丁」と言うから、歌詞中の風呂屋ではないにせよ、正真正銘の「横丁の風呂屋」なのだ。


横丁の風呂屋

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次に小さな下宿を探す。窓の下には神田川・・・、いやぁ、残念。今回は早稲田電停と面影橋電停の間で探したが、神田川沿いは桜の名所だから、もはやその手の小さな下宿を思わせるボロいアパートなど皆無、現代的なマンションへ変貌していた。


早稲田界隈のアパート

2014-02-24-05


そんな訳で、神田川が見えない、住所が「西早稲田」で見つけたのが上のアパート。このようなアパートは早稲田近辺に今も多く点在する。この日、5軒くらい撮影したかな?。

でも残念なのが板張りのアパートが全く無いんだ。モルタル壁ばかり。東京でも下町をウロつけば今でも板張りアパートを見つけられるが、早稲田には無かったなぁ。勿論、全ての路地を探索した訳じゃないけど、早稲田で板張りのアパートを見つけるのは困難だろう。

赤い手ぬぐいは巣鴨に行かない限り、または浅草辺りの手ぬぐい屋さんでも行かない限り、無いだろうし(タオルじゃない、手ぬぐいである!)、石鹸箱とクレパスもお散歩写真で見つけるのは無理。そんな訳でここまで掲載した写真で、名曲「神田川」を感じて頂ければ幸いだ。

さて、これだけじゃつまらないので、ブラタモリ第1回早稲田編でだいぶ時間を割いていた区界ネタでも・・・。

早稲田辺りの神田川は新宿区、文京区、豊島区が入り乱れている、これをタモリが街灯を見て気付いた訳だ。下の写真、タモリが見つけた街灯だ。


手前が豊島区、後ろが新宿区の街灯

2015-02-24-06


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良くこんなのに気付いたなぁ~。もしかすると番組スタッフとの事前の打ち合わせなのかもしれないが、そうとしても番組スタッフのお手柄である。

何故こうなったかは下の神田川の看板をご覧頂ければ判ると思う。神田川に沿った赤い点線が区界、元々の神田川はこうやって蛇行していた。そしてこの辺りは洪水が多かったから治水工事で川を真っ直ぐにしたけど、区界は昔のまま。だから新江戸川公園近くは複雑に入り組んだ3つの区界があったりするんだ。


2014-02-24-08


ブラタモリを見てから、それまでの散歩写真が一変した。写真人生においてのカルチャーショックは「フィルムからデジタル」、これは当たり前だが、散歩写真のあり方、散歩の仕方とでも言おうか、これが大きく変化した。

例を挙げよう。ブラタモリを見る以前は「暗渠」なんててんで興味の無かった私が、暗渠を気にするようになった。遊歩道として整備されている暗渠は誰でもすぐに判ると思うが、そうでない、生活道路にてそこが昔、川だったのか?、それを考えるようになった。

昔その道が川だったかを知るひとつの方法は、古いお宅を見る事。多くがその道に面して表玄関がなく、どう見ても勝手口ような出入り口しかなかったら、ほぼそこは川。今も暗渠として水の流れたあると考えて良い。

ただこれはたまに間違う時がある。それはその道沿いに昔、大きな工場があった場合。今は取り壊されて大型マンションが建っている。この場合も、古いお宅はそのマンションに面した側には表玄関はない。

そんな時はそこらを歩いている人に尋ねるんだな。「この道って昔は川だったんですか?」と。ブラタモリも見るまではそんな事を尋ねようとは決して思わなかった。

これは以前ブログにも書いた気がするが、東京北部の町で、台地の際(きわ)と言うか、谷地と言うか・・・。ある場所だけが谷になっていた。

そこは台地の際だからして、私が好きな風景が仰山あり、何度も歩いていたのが、ブラタモリを見てから、ふと、「あれっ?、あそこって川だったんじゃないか?」と疑問を持ったさ。

ある日、そこを訪れて、仰山のニャンコを見つけたのでパチリしていたら、そこにお住まいのおばちゃんが出てきて、これ幸い!。「この辺りって昔は川があったんですか?」と尋ねた。案の定、「そうよ、昔はどぶ川あったの、夏は臭ったのよぉ~」。今は暗渠になっていると言う。もう、してやったり!(笑)。

一番感動したのが、西新宿の地形だな。ブラタモリを見るまで、あの立体地形が当たり前だと思っていた。未来都市としてデザインされただけだろう、そう思っていた。でも実際には、淀橋浄水場跡地を利用しただけであった。

つまり、浄水場を埋め立てるのでなく、そのまま、きっちりした矩形の谷のまま高層ビルを建築したから、あそこは立体化した街となった訳だ。そしてその先の十二社。ここに池があった。その名残りが今もある!。

西新宿はフィルム時代から良く訪れていて、定番のお散歩コースだったが、ブラタモリを見るまではてんでそんな事を考えなかったのだから・・・。

余談だが、最近、カメラネタを提供しているブログなどで「ブレイクスルー」なる言葉が頻繁に出てくる。恐らく、デジカメInfoや価格.com辺りから流行りだした言葉だろうが、デジタルカメラの世界では技術革新とか打開策、そんな意味で使われている。

「大きなブレイクスルーがない限り、モデルチェンジはしない」

そんな風に使われる訳だが、この言葉がどうも鼻について、本ブログでは一切使っていない。でもお散歩写真のあり方がブラタモリで大きく変化した今、ブラタモリは私にとってのブレイクスルーだ!、とかちょっぴり言いたくなっちゃう。まぁ「ターニングポイント」の方が正しい表現なのだけど・・・(笑)。


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コメント

  1. tsunomagari | URL | -

    BigDaddy様、こんばんは。

    ブラタモリはいいですね。
    街撮りするんで面白いです。
    西新宿に初めて行った時、田舎者にはなんじゃここは?って印象だったんですけど、ブラタモリ見て納得しました。
    あれから古地図に興味が湧きました。
    博多も1000年前は海と川だったりして、地名とか、道路の形状とか考えながらお散歩するとワクワクしてきます。

  2. あっちゃん | URL | QMnOeBKU

    ブレイクスルーですか。
    デジカメinfoには海外噂サイトのネタが紹介されますからその辺りから流行ってるんじゃないですか。
    巷では聞かない言葉ですね。(笑)

    古びたアパートだと
    https://www.google.co.jp/maps/@35.7094217,139.7351041,21z
    この地図の中心辺りのモルタル塗りのアパートが結構良いです。
    斜向かいのイノクチビルの二階には時間貸しの撮影スタジオが有って
    利用した時にふと見かけた次第です。

  3. taka | URL | -

    三島事件(1970年11月)当時わたしはは高校生。事件当日、授業中の教室でどこからともなく「三島が自殺したぞ」という情報が流れてきたんです。だれかが授業中にラジオを聴いてたんですねぇ。その前月は日本シリーズを聴いてた奴もいました。(今の携帯・スマホですね)もちろん休み時間はその話題で持ちきりです。
    神田川はその3年後ですか。かぐや姫は歌謡選手権という番組に出てましたね。そのころ家にはハーフサイズのオリンパス・ペンなんていうカメラがあったと記憶してます。それと親父が持ってたセミパールというブローニーフィルムのカメラもありました。これは今も私が持ってます(写るかどうか分からない)。なんだかすごく古い話になってしまいました。

  4. BigDaddy | URL | -

    > tsunomagari さん

    本文と重なりますが、ホント、ブラタモリで自分のお散歩写真観が大きく変化しましたねぇ。

    西新宿は東京の人間でも「ホゲェ!?」と思いますよ(笑)。多分今もあそこが立体化した経緯を知らない人の方が多くて、良くまぁ立体的に町を造ったもんだなぁと思っている人が大半な気がします。

    古地図、私のブラタモリからGoogle Earthに江戸古地図を重ね合わせて遊んでいる時あります(笑)。

  5. BigDaddy | URL | -

    > あっちゃん さん

    「ブレイクスルー」だけだとありとあらゆるサイトが引っかかるのですが、文章の中にそれが入っているのを想定して「ブレイクスルー」に「てにをは」などの助詞を付けてgoogleで検索すると、今度はほとんど引っかかって来ないんですよ。イコール、ブレイクスルーと言う言葉が賑わっているのは今のところカメラ業界だけじゃないか?、と思うんです。

    5年後には当たり前の言葉になっているかもしれませんが、今は個人的には使いたくない言葉ですねぇ。

    古びたアパート、ストリートビューで確認しました。こりゃ凄いですね。場所は江戸川橋となりますが、これは近々撮りに行こうと思います。あそこらも結構歩いているんですけどねぇ、見逃していました。良い情報をありがとうございます。

  6. BigDaddy | URL | -

    > taka さん

    これがジェネレーションギャップと言うのでしょうね。私はまだおこちゃまでしたから、ピンと来ない訳です。変な思考のオッサンが割腹した程度の知識なんですよね(笑)。

    また、私の世代だと三島=右翼のイメージがかなり強く、周囲の右翼な人や、暴走族上がりの知り合いとかが三島の小説が大好きで、結果、私は(一応有名どころの文学作品は一通り読んでいるのに)三島文学だけは全く精通していなかったりするんです。

    家族のカメラ。うちにもオリンパスのハーフありましたねぇ。スーパーカーブームがあり、晴海の見本市で世界各国のスーパーカーをそれで撮っていたのを覚えています。あと、確かにブローニーのカメラもあったんですが、それがなんだったか全く思い出せないでいます。

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