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特にモノクロにのめりこんでいる訳じゃないけど・・・ その2

2015年04月19日 00:00

化石化したチャリンコ

化石化したチャリンコ

Pentax K20D, Tamron AF70-300mmF4-5.6Di

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



前回の記事からの続き・・・。

なんだかんだと日本人は保守的なんだろう。写真でアートを意識するよりも記録(ドキュメント性)にプライオリティを高く設定しているように思う。

人の目は風景がカラーに映る、それをあえてモノクロ写真にチャレンジしている。それは非現実を意味するのに、見た目の濃度(露出)、見た目のコントラストでプリントされた写真ばかりな気がしてしまう。

勿論それが基本であるから間違いであるとは言えないものの、単に彩度が極端に低くなったカラー写真の一部でしかないような感じるのは私だけだろうか?。

特にデジタルの今、カラー写真からモノクロ写真への変換はマウスで一発で済む。モノクロにする意味が果たしてあるのか?、「この写真ってモノクロにする必要ある?」、そんな写真ばかりが目立っている。

でも海外に目を向けると特にデジタルフォトになってからのモノクロのアートな写真に簡単に巡り会える。好き嫌いを別にしても、目を引く写真は日本人のそれよりも遥かに多い。

結局、やれカメラの発色がおかしいだの、やれ忠実色だの煩く、大胆なレタッチを嫌う日本人と、オンリーワン、目立ってナンボの外人、これはカラー写真でもモノクロ写真でも同じなのだろう。

ふと思う。良くこんな風土で森山大道のようなカメラマンが1960年代、70年代に認知されたか、不思議だ。

いや、当時の日本、60年代は欧米に追いつけ、追い越せだったろうし、激動の70年代と呼ばれたように森山大道が世の出た時はアバンギャルドな人達が多かったのかもしれない。そして飽食の80年代がやってきて、奇をてらうのではなく、普通が一番お洒落だ!、そんな感覚になっていったんじゃないかと勝手に想像している。

木村伊兵衛と言うカメラマン、好きでも嫌いでもないんだが、この人を巨匠と考えちゃうからおかしくなっちゃうのか?。

弟子達の文献を見る限り、氏のモノクロ現像、プリント技術は半端じゃなかったらしい。とは言え、作品集を見ると、やはりドキュメント性が強いのか、極普通の濃度にプリント(どちらかと言えば軟調傾向だろうか)されているのが多い。この大御所をみんな手本にしちゃっているのか?。

良くモノクロ写真を語る時に、、、

「カラーが排除されている事から、1枚のモノクロ写真によって、質感を感じたり、より想像力が広がったり、そこでは見えていないものが、心眼?、によって読み取れるから・・・」

このような語りをする人が多い。スッゲェカッコイイ事を言っているが、全くピンと来ない。モノクロ写真を鑑賞するに当たって、本当にこんな事を考えている奴いるのか?。

プロの評論家じゃあるまいし、少なくとも私はモノクロ写真を見て、想像力を広げようとも思わないし、心眼なんて決して開かない。カラーだろうがモノクロだろうが、一目見て、それがカッコイイか否かでしかない。

カラー写真では銀残し、ブリーチバイパスと言う手法がある。これを初めて体感したのが確か映画「スリーピー・ホロウ」だった。これを見た時はそれが銀残し処理されているとは知らず(言葉すら知らなかった)、何か見づらい映像だなぁと思いつつ、オカルト映画らしいドロドロした発色だと感じていた。

今思うと、スリーピー・ホロウが普通のカラー処理で現像されていたら、あそこまで怖くなかったかもしれない。つまり、銀残しを施す事で昇華した映画、施す必要があったと言えよう。

でも今のモノクロ写真って、モノクロじゃなくちゃ駄目、色を排除したからこそ活きる風景が特に日本のカメラマンのブログやホームページを見ていると少ない。モノクロ写真で感動しないんだ。この写真だったらカラーでも良いよね?、何故わざわざモノクロ変換したんだろう?、と疑問符が浮かぶ写真達。

モノクロだと質感を得られる、確かにそんな気がしないでもないのだが、これも先人達の言葉を我々はそのまま鵜呑みにしているだけかもしれない。質感と色は関係ないんじゃないか?。錆びた鉄の質感を得るのにモノクロにする必要はなく、むしろカラーで錆を表現するべきだし、彩度を落として銀残しの方が、より「らしい」質感を得られるのではなかろうか?。

またデジタルだと質感を得るのに「明瞭度」や「ローカルコントラスト」と言った手法があるでしょう?。カラーでも十分に質感を伝えられるんだ。なのに「モノクロの方が質感を伝えられる」と思い込んじゃっている我々。

21世紀の今、モノクロで表現するとは、、、

「カラー写真ばかりの時代、モノクロ写真を使った方がカッコ良く見えるから」

それだけじゃないのか?。それしかないでしょう?。だったらドキュメント性よりもアート性を重視した方が良いと思ってしまう。

今も尚、モノクロフィルムから印画紙プリントしているカメラマンならドキュメント性を今後も追い続けても良いだろうが、デジタルモノクロ写真は、、、

「美しい風景(好きな風景)をより美しく、より人より目立つようにレタッチする」

これじゃぁ駄目かいな?。


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コメント

  1. ゆたか | URL | LkZag.iM

    こんにちは。

    モノクロームで撮ろうと思ってもいつも三日坊主の私ですが、

    プリントは、カラーよりモノクロが多いですね。

    音楽もモノラルで聞くとなんだかほっとします。

    想像する余地が残っているからでしょうかね。

  2. BigDaddy | URL | -

    > ゆたか さん

    私個人は本文の通り、特にモノクロだから何かを想像する事はないのですが、仰る通り、カラーよりも見る側の思考は違うのでしょうね。

    音楽を真剣にモノラルで・・・、これはないのですが(1940年代、50年代はジャズは別にして)、イメージとして、場末のスナックとかでカラオケではなく、ラジオから音楽が鳴っている、そんなシチュエーションはやっぱり郷愁を感じちゃいますねぇ(笑)。

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