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スマホ文化

2016年12月05日 00:00

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Lumix GX7, G25mmF1.7


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11月25日の記事からの続き・・・。な~んか書き足りない(笑)。

「写真は文化」・・・。

ここ数ヶ月、「CSI科学捜査班」をシーズン1から見直している。ようやくシーズン14まで辿り着いた。残すところ2シーズン!。

このドラマはアメリカの鑑識チームの物語。出てくる装置や計器類はリアルさを追求しているそうで、使われているカメラはNikon(「NCISネイビー犯罪捜査班」に出てくるカメラもNikon)が使われている。

※DNA鑑定と言った複雑な検査がたった数時間で結果が出るってのは真っ赤な嘘との事

シーズンによってでっかい一眼レフにリングストロボをレンズに装着した本格的装備から、ネオ一眼(見た目は一眼レフ、中身はコンデジ)だったり、小型のコンデジだったり・・・。

あるシーズンからちょっとした写真撮影ではスマホを使うようになった。本物の鑑識がスマホを使っているとは到底思えず、リアルの「リ」の字すら感じないが、撮った写真をすぐにラボに転送、調査せねばならないと言ったドラマの構成上、そしてこの手のドラマは常にトレンドの先端を走る必要があり、それでスマホが使われていたようだ。

スマホでパチリ、この動作をちっともカッコイイとは思わないのだが、ハリウッドスター達がドラマ上で現場の写真をそれこそスマートにスマホでパチリし、すぐにラボにメールで送信する。その結果が次の進展に繋がって行く・・・。

またダニエル・クレイグの007シリーズからはスマホが普通にツールとして利用されている。Q課から支給され、スマホが爆弾になるとかそんな細工はされていない当たり前のスマホ。これをダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドが器用に扱っている。

こういう映像を見ると何しろ海外ドラマ、映画被れだからして「カッチェェ!」。これと同じ事が若い世代でもある筈で、アイドルなのかタレントなのか、彼らの憧れの的がスマホを使ってパチリする様を見ている、これがカッコイイ文化として根付いてしまっているのだろう。

また若者文化は今も昔も「この時をどう楽しく過ごすか」、これが重要なキーに感じる。

フィルム時代、ある時から突然カラーネガフィルムが1時間以内で仕上がるシステムになったでしょう?。昔から撮った写真は早く見たいし、みんなで共有したい訳だ。Fujifilmのインスタントカメラのチェキが一部で流行っているのもそう言った感覚があるからだろう。

今の若い世代にとって写真、そしてSNSやメール等の共有メディアはセットなのだろう。そういう文化が全世界で始まってしまった。「たられば」でしかないが、仮にツイッターや写真系のSNSが流行らなかったら、ここまでスマホをカメラとして利用する人は多くいなかったと思う。

「今」が大切でそれが昨日じゃ遅いんだ。昨日なんて遥か原始時代かもしれない。1時間前でも情報が古いといわれてしまう。

確かに自分の20代までを回想すると同じ。何しろバブルと言う素晴らしい時代があった。とにかくハチャメチャ、グチャグチャ、毎日がカオス。飲む打つ買うなんて当たり前。

あの頃は「今が楽しければ良い」、それしか考えなかった。明日朝一番列車で出張しなくちゃいけない、でもキャバクラに好みのオネーチャンがいるから遅い時間まで口説きまくる訳だ。もしその頃スマホがあったらキャバクラでパチパチでしょ!。「これからオネーチャンとホテルでムフフ!」、「オネーチャンとムフフをして新幹線に乗り遅れる!」、なんてバカッターな奴になっていたかもしれない。

「今」をその瞬間に表現し、それを広めるにはコンデジでは力不足なのだろう。それを行うにはスマホが最適のツールだ。今を切り取った写真だから今見せなくてどうする?、そんな感覚があるんだと思う。

従兄弟の旦那ってのが30代でIT企業に勤めている。私のような開発屋とは違うようだが、それでも毎日パソコンに向かってパチパチとお仕事をしている。でも家にはパソコンがないそうな。ノートパソコンもタブレット端末すらない。スマホだけで用が足りるらしい。

子供が生まれてから学芸会や運動会用にビデオカメラは買ったらしいがカメラはコンデジすら持っていなかったと思う。この夫婦はスマホこそがカメラ。最近のスマホカメラはかなり高性能になり、屋内でも綺麗に写せるらしい。そうなるとわざわざカメラをバッグから出して我が子を撮るのでなく、常に手元に置いてあるスマホでパチリ、あとはテレビに繋げて鑑賞、これが常識なのだろう。

但し、なんだかんだと「今」は一瞬にして「過去」になってしまう。幾らスマホカメラで「今」を表現し、それを広めても、それを大衆が目にした途端に過去となる。何かの事件や事故、これに偶然居合わせた人がツイッターで現場の写真を撮影。でもそれは次の人が同じような現場写真を投稿したら、瞬時にそれは過去の写真、過去の風景を写した人でしかない。

その手のプロ、アマを含めた報道系の写真、「情報はいち早く」がモットーであるが、我々見る側は常に最新の情報にしか興味が無いから、最初の一報は瞬時に過去になる。また次第に情報を取捨選択するようになるからよりしっかりと取材したソースしか見なくなる。

この辺の虚しさを哲学的に考えるか否か、考えない人が駄目と言うのではなく、写真は全て過去である、やがて過去であっても大切に感じるようになると、スマホカメラからステップアップしたくなるんじゃないかと思うのであった。


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コメント

  1. auf | URL | 3eyVfeeo

    スマホでだけ写真を撮る人はスマホ内で完結してるんじゃないかと思います.
    カメラでありアルバムでもある.便利ですね.そんな人は携帯でもコンデジ
    でもその中で完結してたんじゃないかな.スマホは画面が大きいのがミソで
    すね普通の人が写真を鑑賞するのは十分だし,そもそも撮るのは私的な写真
    で,写真自体は思い出のトリガーとして機能しているので画質は重要ではな
    い.

    スマホでは撮れない写真というと(画質はさておいて),ボケを生かした写
    真と超望遠ですね.

  2. BigDaddy | URL | -

    > auf さん

    なるほど、アルバムでもある、これは一理ありますねぇ。若い女の子なんて1年前の写真も保存してありますもんね。多分、メモリカードが満杯になるまでそのままなのでしょう。本文では今こそ大切と書いていますが、アルバムとしてスマホを利用する時は過去を楽しんでいるんですよね。

    メールやらSNSやらLINEなら写真やら、スマホに人生が詰まっているんでしょうね。そりゃぁ確かに手放せないし、わざわざデジカメで写真なんて撮らないだろうなぁ(笑)。

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