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奥多摩ロープウェイ 川野駅探訪 その2

2017年03月15日 00:00

川野駅機械室

川野駅機械室


Olympus OM-D E-M5markII, M.Zuiko 12-50mmF3.5-6.3


※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



奥多摩ロープウェイと言うと丸田祥三氏 VS 小林伸一郎氏の裁判が記憶に新しい。今回はその話を中心に・・・。

丸田祥三 VS 小林伸一郎 決着が付いたようだ その1
丸田祥三 VS 小林伸一郎 決着が付いたようだ その2
丸田祥三 VS 小林伸一郎 決着が付いたようだ その3

要約すると、、、

「丸田氏の主張はちょいと微妙、小林氏も写真のキャプションが丸田氏のそれと全く同じ部分があったりと疑われる要素があったろうが、写真を比較する限り盗作とは感じない」

となる。人として丸田氏がどーの、小林氏がどーのではなくあくまでも写真、裁判でもそうだった筈だ。それを見る限り、これを盗作と言われたら富士山の写真なんて全てが盗作だろうなぁと感じるのだった。

興味ある方は上のリンクで確認されたし。

その中で・・・、足尾の通洞工場について。どうやら丸田氏擁護派の方からすると「他の写真は構図や発色が違っているから盗作と判断されなくてもしょ~がねぇ、でもこの足尾の廃墟に関しては誰が見てもパクリだろっ!」との事らしい。

足尾通洞工場

2017-03-15-02


Penetax K-5, Sigma 17-70mmF2.8-4 OS HSM


どうだろう?。上は2015年に撮影したコマ。前方に木々が生い茂り一見異なる風景に見えるが、丸田氏、小林氏とほぼ同じ構図だ。この時、ふとこの裁判の事を思い出した。そこで自分がこの建物の全景を収めるとしたらどこで撮るだろうか、そう考えで弾き出した構図。

それが結果的に両氏とほぼ同じ風景になってしまった。要するにこの建物の全景を収めたいと思ったら特殊なレンズを使用しない限り、この位置から仰いで撮るしかないんだ。

丸田氏も小林氏も私が撮影した場所から少し後方で撮影していたと思う。結局それはレンズの焦点距離の違いだけで立ち位置に少しだけ変化があっただけでしかない。上の写真は135換算で25mmで撮影している。それが28mmや35mmだったら後ろに下がるだけ。しかしカメラが向いている方角はここに立ったら誰もが同じになるだろうし、カメラを仰ぐ構えになる。

「じゃぁそこに立たないで別の場所から写せばいいじゃないか!」、いやいや、駄目なんだ。行けば判る。おおよそそこからでしか写せないから。

現在、廃墟、産業遺構の詳細な位置やそこに到達するまでの道のりなどの情報がインターネットで簡単に手に入る。当時は今程にそれを得るのは容易ではなかったろうが、丸山変電所は鉄っちゃんの間では当たり前に有名だったし、廃墟マニアなら足尾はいつの時代も聖地だから誰でも知っている。

上記リンクの内容と被るが、丸田氏の中で一番有名かも知れない新幹線の写真も東京は国分寺から国立に向かうルート沿いにあった。地元の人はもとよりあの道を通る人は全員あそこにあの新幹線があるのを1980年代から知っていた。敷地を無理に覗くのでなく、鉄道学校沿いの道路を車で走っていれば嫌でも目に付くのがあの新幹線((勿論許可を得てあそこまで近付いて撮影した丸田氏は凄い)。

そして今回紹介している奥多摩ロープウェイに関しては廃墟好きの友人から面白い風景があるぞと教わったのは1990年代だ。この頃でも知ろうと思えば簡単に場所を特定出来る。

自分が写した廃墟を他の人に写されたくなければそこを周辺の土地を含め買占め、不法侵入者に対して確固たる手段を取るか、場所を特定出来ないように一切の情報を流さないかしかない。丸田氏は写真集で情報を開示してしまった。この時点で「他のカメラマン、どうぞご自由にお撮り下さい」と言っているようなもの。

恐らくこれほど廃墟がブームになるとは本人も思っておられなかったのだろう。増してや同じプロカメラマンが後追いで似たような写真を撮るとは夢にも思わなかった筈。でもそれはリスクマネジメントの欠落でしかない。

フィルム時代に撮影した奥多摩ロープウェイのコマが見つかればもっと説得力があるのだろう。何しろその頃は丸田氏の存在を知らなかったのだから・・・。残念ながらどこにそれがあるのか判らない。廃棄してしまった可能性が高いんだ・・・。

でも記憶を辿る限り、奥多摩ロープウェイのあの盗作疑惑の対象となった風景、あれも誰が撮ってもほぼあの構図になる。だからこその本日トップ写真だ。この時は足尾とは異なり、両氏と同じ写真を撮ろうなる意識は全くなく、似せようと思ってカメラを構えていたんじゃない。どこでカメラを構えたら美しいか、それしか考えていない。

これも現地を訪れれば判る。奥多摩ロープウェイで一番印象に残るのはあのでっかい歯車であり、これを撮ろうと思えば丸田氏の位置から、もしくは小林氏の位置から写すのが適している。もしくは広角レンズを用いて全体を写すか・・・。トップ写真は己の好みから丸田氏の構図ではなく小林氏の構図に近いものになっている。

疑惑が持たれた他の廃墟に関しても訪れた事はないものの上述の通り行けば行ったで多くのカメラマンがあのような構図を選択するのではなかろうか?、そんな推測が成立する。対称になる被写体をしっかり撮ろうと思うと自ずと構図が似てくるものだ。

裁判の争点は幾つかあったようだ。特に丸田氏はプロ意識やモラルの問題を強く問われていたらしい。確かにその点に関しては小林氏にも落ち度はあると感じたし、丸田氏の主張が判らなくもない。我々アマチュアであっても意外とその辺に関しては気を配ったりしているものだ。

例えばだ。ネットであるゴージャスな廃墟を見つけた。掲載者は場所の特定を恐れて「S医院」と表示していたとする。偶然、おやっ?、これってあそこじゃん!。なるほど、こんな良い廃墟だったんだ。

そこを撮影し、ブログに掲載する際、先駆者が「S医院」としていたのだからキャプションには「とある医院跡」などと書く。場所が特定されるようなヒントになる事すら書かない。それが先駆者への配慮である。

裁判の過程を綴られた丸田氏のブログや丸田氏擁護の方達の記事だけを見てしまうと「こりゃぁ小林氏、マックロだな」と感じてしまう。しかし問題はそれはあくまでも丸田氏側の主張でしかなく、ネット上で小林氏に対するネガキャンがある時期頻繁に行われていた。

あまりに断定的に小林氏を糾弾しているサイトが多かったので、これはちょっと怪しいぞと。事実云々ではなく、おおよそが推測を元に丸田氏本人の主張の通り、小林氏を誹謗中傷している。

それが2チャンネルと言ったアングラの中で行われているのならまだしも堂々と個人のブログなどで小林氏を罵っているいるからビックリしたんだ。えぇっ?、係争中なのにそこまで言い切って良いのか?、それって単なる悪口じゃん?。

それともう1つ。どこのブログで見たのか、今探しても見つからないので削除されたかもしれない。しかし、そこには丸田氏と小林氏が現在発表している写真の中で同じ風景だと丸田氏が感じている写真は小林氏の全作品中の1、2%程度だと書かれていた。確か「日本の廃墟なんて限られているのだから、それくらい被るのは当然だろう、それに対して目くじらを立てるのはおかしい」、そんな論述だったと記憶する。

仮に小林氏が丸田氏に対して先に悪質な行為を行ったとしても、やられたらやり返す、しかも寄って集って・・・、それって本質的にはいじめと一緒。丸田氏に傾いていた心が一気に逆転した。何か違う気がしたんだ。

丸田氏が裁判で負けるのは判りきっていた、そこで彼らは世間に対してミスリードしているんじゃないか?。インターネットの情報拡散は周知の事実。それが嘘でも簡単に事実になってしまう。情報を操作し、世間を味方につけて小林氏を抹殺しようとしているんじゃないか?。

またどうにも納得が行かなかったのが、丸田氏は「自分は関係各所に許可を得て撮影をし、写真集を刊行した、しかし小林氏は無断で撮影している」と表現していた。これって盗作云々と関係ないでしょう?。ここまで来たらホントに悪口にしか見えないんだ。

ブログなどで己を主張するのは間違いじゃない。しかし裁判中に本筋と離れて悪口めいた内容を記するのは逆効果だったと思う。そしてそれは丸山氏だけじゃなく彼を擁護している人達にも伝染してしまい、単なる悪口大会、いじめ大会に成り下がっていたブログが多かった。

そこで客観視しようと考えた。少なくとも同じ廃墟好きとして、また幾つか知っている廃墟を撮影した経験から、純粋に写真だけを見る限り、盗作、著作権、翻案権、名誉毀損云々って話に言及すれば今回の件、裁判の判決通りに小林氏の勝訴も然り、丸田氏の主張はちょっとおかしい、そんな結論に至った。

写真へのキャプションもパクった、これに関してはどこかのサイトで検証されており、裁判ではほとんど争点となっていなかったらしい。小林氏の撮影後、写真集を編集する際に編集者らが様々な資料を漁った中で作成した言葉であり、特にパクったと言う程ではない、そんな判決文だったと思う。仮に丸田氏の言葉をそのままパクったとしても、それを立証するのは丸田氏側であり、立証出来なかったって事だ。

それと「廃墟」、これを特別なものである、この論調には異論を唱えたい。「廃墟は普遍的風景で富士山と変わりなく、特別な被写体ではない」、これもどこかのブログにそう書かれていた。尤もだ。廃墟マニアでない方がたまたま旅先でゴージャスな廃墟を見つけてパチリ、昭和懐古な人々が下町の懐かしい風景を写しているうちに廃墟にも魅せられていく、これは良くある話。

勿論丸田氏はアマチュアがそうやって先駆者の写真を真似る事に関してあーだこーだ言っていない。しかしこれは真似るとかパクるとかそんな話じゃない。廃墟も昭和を感じる下町風景も同じ、誰もが撮れる風景だ。私の場合は下町風景の延長線上に廃墟がある。朽ちたものに美を求めるカメラマンは仰山いるし、恐らく丸田氏がプロになる以前からそういう風潮はあった筈だ。

wikipediaで廃墟を調べるとどうやら日本では1980年代にブームになったらしい。なるほど丸田氏が脚光を浴びる以前からそれらに興味を持つ者が仰山いたんじゃないか。丸田氏はその頃すでに廃墟を撮影していたようだが、同じような人がきっと沢山いたんだと思う。

廃墟と言うジャンルを確立した先駆者は守られるべきだ、もし丸田氏がそういう論争で裁判を進めていたらさすがにそれは違うでしょう。廃墟アートは退廃芸術に含んでも良いと思う。だとしたら我々が生まれる遥か以前から廃墟と言うジャンルはあった。日本でブームになったのは1980年代だろうが、そういうジャンルはすでに存在していた。

勿論これはあくまでも私の思考であり、また小林氏を擁護している訳でもないのをお断りしておく。これに関心を覚えた方は、この裁判に関して記述のあるブログや(判決文を引用してしっかり検証しているサイトもあった)、両氏以外にも同じ被写体を撮影している廃墟マニアの写真が多く存在するので、是非とも片っ端から参照、比較し、情報を取捨選択しつつ、個々に結論を導き出して頂きたい。


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コメント

  1. tsunomagari | URL | -

    こちらの裁判についてはよく分かりませんが、風景写真が似たような写真になるのは致し方ないでしょうね。絵葉書やカレンダーの写真も似通ってますから。
    写真って意外と言葉や語るメッセージだったりしますよね。
    アマチュアは、この写真いいでしょ!で済むけど、プロは生活かかってるから大変そうです。

  2. BigDaddy | URL | -

    > tsunomagari さん

    古代遺跡を発見したのならそりゃぁ発見者は優遇されるべきでしょうが、廃墟は風景写真の一部でしかない、私はそう思っています。小林氏は単に情報収集能力に長けていたって事なんじゃないですかねぇ。

    丸田氏が色々と主張するのはまぁ裁判を起こした側ですから、それはそれで良いのでしょうが、その戦略に失敗したのだろう、そう思います。ネットでの小林氏へのネガキャン拡散戦略、これはかなり気持ち悪さを感じましたねぇ。

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