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木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その5

2011年01月08日 00:00

「街頭販売」

街頭販売

Pentax LX, SMC M50mmF1.4

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。また複数枚の掲載の場合、写真上の左右をクリックすると画面が遷移します。



木村伊兵衛に付いて語るつもりが・・・
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その1
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その2
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その3
木村伊兵衛に付いて好き勝手にほざいてみる その4

1月3日からの連続ネタなので、ご覧になっていない方はどうぞ上のリンクからどうぞ。

さて・・。

今更、木村伊兵衛を否定しても何の意味もありません。プロの批評家でも無く、これまで4日に渡る記事も素っ頓狂な話題でありましょう。でもどうして木村伊兵衛なのか?、この素朴な疑問なのですよ~。本気で何冊も写真集を見ても、良く判らんのですなぁ~。金子氏の言うように「私の鑑賞力はお子様レベル」と結論付けるのもちょっと癪ですしねぇ~。

カメラ一式が盗まれる前年、ですから8年前でしょうかね。近所の喫茶店で常連となり、そこの経営者のお父様って人が、大の道楽者で昭和30年代には海外の二眼レフを使っていたとの事ですから、恐らくローライフレックス、確かに道楽者でしょう。

そしてある時、ローライや他のカメラで撮影された写真が見つかり、それを見せて貰ったのですよ。そうですねぇ、500枚、いやもっと1000枚くらいあったでしょうかね。それを見てびっくりです。昭和20年代後半から昭和40年代前半の東京下町の風景がしっかりと映し出されています。

特に凄い写真ではないのですよ。写真マニアでなく、道楽者がお洒落を意識してカメラを持ってほっつき歩いていた、そんな写真。でも当時の風情、風俗をちゃんと捉えているかなりしっかりとした写真達でした。きっとそこそこの写真、カメラ知識を持たれていたのでしょうね。

それを見てからでしょうか、木村伊兵衛ってもしかしたら噂される程の腕前は持っていなかったのではなかろうか?、そう疑問を持ったのは・・・。そう、木村伊兵衛の写真は、道楽者が洒落でカメラを持っていた程度の写真にしか見えないのです。

そのお父様の写真は、まさに木村伊兵衛の写真なんです。なるほど、あの時代、カメラの知識のある道楽者がそこらの風景に向けてカメラを構えれば、誰でも木村伊兵衛になれたのかもしれないな・・・。そう、「木村伊兵衛になれる」、これがまたキーポイントなのかもしれません。

どんなに名曲と言われても、大ヒットしても、紅白歌合戦のオオトリになった曲でも、難しい曲はカラオケでは上位にランクされないのと同じ、美人でスタイル抜群の女優よりも隣のお姉さんっぽい女子アナウンサーに憧れる、これと同じ現象が、木村伊兵衛の周辺で起こっていたのかもしれない・・・。

人は「ちょっと頑張れば成り切れる、近付ける」、そんな人に憧れを持つのではないでしょうか?。特に今はスーパーモデルよりも読者モデルの方が持て囃される、カッコイイ俳優さんよりもお笑い芸人に親しみを感じる時代なんです。

土門拳や森山大道はスーパースター。彼らのレベルに達するには精神論から叩き込まないと無理がありましょう。でも木村伊兵衛や秋山庄太郎ともなると、「あれっ?、50mmレンズを使って街の風景を撮れば伊兵衛さんになれるかも・・・、マクロレンズを買って花を撮れば誰でも庄太郎さんになれる!」、そんな感覚がありませんかね?。

アマチュアカメラマンにはやたらとマクロレンズでの花選科が多い。これは1つに年齢層もありましょう。と言うのも、知り合いのお父様、もうすぐ米寿だそうです。彼曰く、歳を取ると長時間で歩くのは苦痛、だから庭いじりをしながら咲いている花をマクロで切り取るのが趣味になる・・・、なるほど!。加えて、マクロレンズを入手し、ピントと露出が合っていれば誰でも秋山庄太郎になれるんです。

木村伊兵衛が昭和30年代~40年代、日本の写真界のトップに上り詰めたのは時代背景もありましょうし、本人の努力、実力もあったのでしょう。しかし、その後、亡くなるまでトップであり続けたのは、彼を師事した弟子達、そして多くのアマチュアカメラマンが、「ちょっと頑張れば木村伊兵衛のような写真を撮れる」、そんな意識、親近感とでも言いましょうか?。決して突飛な推測ではないと思います。

それはそれで百歩譲って、木村伊兵衛は周囲にそう思わせるオーラがある、そう結論付けても良いのですが、 そこで勘違いが始まる気がしてならないのです。木村伊兵衛のような、主題の無い、肩の凝らない、あるがままの写真が素敵。足し算写真を勘違いしちゃっている人々が増殖しちゃっているのではなかろうか?。

木村伊兵衛と同じく、さっぱり理解出来ないカメラマンに大西みつぐがいます。一部では彼は現代の木村伊兵衛だなんて言う人もいる始末。確かに作風が似ているんです。当然、似ているからこそ、理解できないのです。

その1にこんな事を書きました。

『良く酒の席でカメラマンが集まると「木村伊兵衛って、あの時代に家を1軒買えたと言われているライカを持てた事が凄いだけで、あの時代、写真を志そうとしてライカを入手したら、どんな人間でも木村伊兵衛になれたに違いない」、なんて偉そうに語ってしまう訳です。でも意外と反論が出なかったりもするんです』

これは現役の、今も一線で活躍している大西みつぐでも「彼の写真って乱暴な気がする、良さが全く理解出来ない」と言うと、周囲のカメラマン、全員が頷きます。それがどうでしょう?、彼のファンは実に多いそうです。ヘタウマ写真と言うジャンルがありますよね。大西みつぐとはまさにこのヘタウマに該当する気がするんですよねぇ。

トイカメラが流行してから、よりそれが確立され、「ゆるフォト」も同系列に属しましょうか。何の変哲も無い風景をただ切り取っているだけ。そこには主題らしきものが見当たらない・・・。でもそれがお洒落と言われる時代です。

これはトレンドの回帰?。となると、ジャンルとして確立されたヘタウマ、ゆるフォトの原点は木村伊兵衛と言う事になります。そうなんです、木村伊兵衛、大西みつぐの写真、とっ散らかってゆるいんですよ。だから好みに合わない。ただ、好き嫌いで決着を付けたら丸で意味がありませんから、こうやって考察している訳です。

そこで別の観点を。もし木村伊兵衛が常人ではなく、雲の上のような人物であったら・・・。先見の明があった、そう考えると面白いんです。つまり、木村伊兵衛はドキュメントを撮っているつもりで、主題の無いゆるい写真を撮っていた訳ですが、その4で結論付けた「木村伊兵衛は坂本龍馬である」、これを自身が理解していたのではなかろうか?。

今も昔も写真は主題があるべきだ、それをしっかりと主張すべきである、そんな風潮が主流でしょう。だからこそ木村伊兵衛はその逆の写真を撮っていたとは考えられないでしょうか?。明らかに一般とは異なる写真を撮れば、好き嫌いはあるにせよ、目を引く事は確かです。

それが意図的であれば、有能な頭脳の持ち主であるし、天然、無意識にそんな写真を撮っていたのなら、それはそれでそれこそ寵児でしょう。しかも、先見の明があったのなら、己のゆるい写真が、将来、歴史的、文化的に価値のある記録写真になる、そう感じていたと思うのです。事実、彼の写真は現代に於いて貴重な資料的な扱いを受けています。

結果、どうなるかと言うと・・・。

金子氏のように彼の写真を解説するのは単なる洗脳でしかないし、木村伊兵衛の写真は語るようなものではない。語る必要性の無い、極普通の写真でしかないんです。でも木村伊兵衛と言う人、これに何か惹きつける魅力があったに違いないと思うのです。

あの時代、家は買えないが、超高級カメラであるライカを使用したのも、それは彼独特のセンスであり、メカマニアであったのは事実のようですが、ライカを使う事で、意図的であるにせよ、ないにせよ、必ず注目を浴びる事は理解していたのかもしれません。

そしてライカを使っているから、凄い写真を撮っている訳ではない。ライカじゃないと撮れない写真ではないですよね。レンズのボケ具合にはかなりマニアックであったようですが、それは写真の本質には関係はありません。しかし今も昔もマニアはいます。ライカに憧れているアマチュアカメラマンも多くいた筈です。彼らの教祖的な存在になったのでしょう。

木村伊兵衛には人間的に魅力があった、時代毎に、時代と付き合う術を持っていたとでも言いましょうか。冒頭に「どうして木村伊兵衛なのか?」、そう疑問を投げかけましたが、結局は、木村伊兵衛の写真云々でなく、木村伊兵衛と言う人に魅力があったに違いない、そう思うしかないでしょう。

少なくとも、こうやって原稿用紙で言えば50枚以上のネタを書いているのに関わらず、インターネットだけの情報では、木村伊兵衛の写真の良さをさっぱり理解出来ません。かと言って図書館で彼を解説した書籍を見れば、NHKで放映されたドキュメントを思い出せば、それは一種の提灯持ち記事であろうし、洗脳文献ばかりでしょうから・・・。

という事で、ちょっと曖昧ではありますが、今回のネタ、これにて終了です。


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コメント

  1. くわ | URL | -

    「木村伊兵衛に付いて~」の記事を全部読ませて頂きました。
    木村伊兵衛という写真家を知るのと同時に、写真についての考え方も勉強になりました。
    特に、”その3”での内容は考えさせられました。
    写真というものがますます好きになりました^^

  2. BigDaddy | URL | -

    > くわ さん

    肯定的なご感想、ありがとうございます。

    この手の大御所をつまみにして写真論を語るネタは共感される事は少ないと感じています。何を偉そうに語っているんだと思われる方も多いのでしょう。

    しかし、私のように何故木村氏はここまで評価されているのか、首を捻っている方もいらっしゃるでしょうし、木村氏をご存じない方にも写真を考える意味として意義のあるネタだったと思っております。

    その3の主題となっている何が演出で何が非演出かを含め、くわさんが本ネタをお読みになり、今後の写真生活に何か1つでも活かせる事、それを感じられたら幸いです。


  3. | |

    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

  4. BigDaddy | URL | -

    > 鍵コメさん

    コメントありがとうございます。

    私も特に木村伊兵衛を知っていると言う訳ではなく、また知らないからこそ、こういう疑問が生まれたんだと思います。資料価値はありましょうね、少なくとも戦前~戦後当時、庶民の風景を撮影するカメラマンってさほどいなかったでしょうから。

    個人的にはやはり人間性だと思っていますし、また同時期にライバルの土門拳がいた事もポイントなのかもしれません。戦後以降は舞台写真なども手掛けており、またプリントの技術は凄かったらしいですから、単なるボンボンカメラマンではなかったようです。やはり何かを追求する気持ちが強かったのでしょう。そういう人は魅力がありましょう。

    今後ともどうぞ宜しくお願い致します。



  5. 通りすがり | URL | qbIq4rIg

    同感です

    木村伊兵衛の作品は、現在発表されているものの殆どに目を通しています。見れば見るほど、自分の写真とどこが違うのだろう、どこが素晴らしいのだろう、と思ってしまうのです。貴ブログを拝読して、それが不遜な感想ではなかったのだな、と考え直しました。他の写真家の作品も(大家だから優れているというようなものでなく)、また別な見方で見ることができそうです。ありがとうございました。

  6. BigDaddy | URL | -

    > 通りすがり さん

    コメントありがとうございます。同じ感覚をお持ちの方からのコメント、嬉しい限りです。

    写真ブログで木村伊兵衛の悪口を書くのは非常に勇気がいるんですが、本文に書いた通り、本気で何が良いのか判らなかったんですよ。

    木村氏自身は、やはり時代の寵児であったろうし、最後には写真界のトップに上り詰めた方であり、否定する気は全くないのですが、木村氏亡き後の取り巻き達の洗脳にしか思えない文章がやたらに見られ、今回ネタにした、金子氏は木村氏の写真は大人じゃないと判らないとまで言い切っています。

    だったら私は大人の目を持っていないのか・・・、なんて思いたくもありませんしね(笑)。だからこそ敢えて木村氏を否定するタブーに挑みました。

    好き嫌いになってしまうのでしょうが、カメラマンの個性が怖い程出ていた、土門拳や森山大道、はたまた写真をアートまで昇華させた植田正治と比較すると、うーん、面白くない写真だなぁと率直に今も感じております。

    今後ともどうぞ当ブログを宜しくお願い致します。

  7. billmon | URL | 75hg9OPQ

    面白く拝読させて頂きました!

    近々、名取洋之助の写真展に行ってみようと思っていたところ、木村伊兵衛もちょっと検索、、、したところ、こちらへやって来ました。

    私、木村伊兵衛の写真展を見た事があるのですが、秋田の早乙女(美女!)の記憶しか残っていません。笑
    当時の「家一軒」という例えですが、ま、値段的に高かったのもあるでしょうが、カメラなんぞに・・・という、コストパフォーマンス?的脅威性が生んだ例えなのかも知れませんね。

    思ったのですが、当時の時代や被写体自体にある種のパワーが(少なくとも現在より)あったようにも思えます。それを良いカメラでスナップして行く(行けた余裕)希少性がある意味『作品』として存在できたのかもね、、、なんても考えてみたりします。

    先日のNHKスペシャル、ロバートキャパ特集(崩れ落ちる兵士)面白かったです。御覧になりましたか。

  8. BigDaddy | URL | -

    > billmon さん

    コメントありがとうございます。

    木村伊兵衛の秋田での写真は本文とは相反して好きです(笑)。billmonさんが書かれている「当時の被写体自体にパワーがあった、だからこそ当時カメラでスナップ出来た希少性」、これに通じると思います。

    私が疑問に思ったのは、本文にも何回も登場する「西片町附近」のスナップ。これを題材に現代に生きるライターが「子供にはわからない作品」と言い切っているところであり、そこまでこの写真を賞賛する理由は何だろうと・・・。しかも仲間に聞いても、時代的スナップとして良いが、この人だけが突出しているとは思っていない事が判り、じゃぁ誰が褒め称えているのか?、不思議ですよねぇ(笑)。

    ロバート・キャパのドキュメントは見逃しましたが、東松照明のは見ました。NHKは良い番組作ってくれますよね。崩れ落ちる兵士、実は戦闘中ではなかったとか、キャパが撮ったものじゃないとか色々と噂がありますよね。何かの番組で撮影場所を特定したなんて記憶があります。

    今後ともとうぞ宜しくお願い致します。

  9. billmon | URL | 75hg9OPQ

    東松照明いいですね。

    昔、ジャズ喫茶で彼の写真展があって、ジャズの音とモノクロの写真が妙にマッチしていて印象に残っています。

    名取洋之助、行ってきました。う〜ん、「報道写真家」でしたね。ヒトラーも写っていたり。しかし、1930年代の写真ですがキレイなので少しびっくりしました。コンタックスあたりで撮ったのでしょうか。

    以前、このミュゼふくおかカメラ館で竹内敏信の写真展があった時、何だかヘンだなと思って気付いたのですが、同じネガ(ポジ?)から焼いたと思われる同一の写真が違うタイトルで陳列されていました。よくある?裏表焼き?

    係員に告げたところ、「アラ!」というお返事でした。笑
    写真家本人が確認していないという事なんでしょうね。そして、周囲も気付かない。
    どうしても見たい写真家でもないのですが、悲しき地方住まい、御高名な写真家の写真展となると「入れ食い」状態になってしまう我が身の悲しさです。

  10. BigDaddy | URL | -

    > billmon さん

    名取洋之助って調べてみると土門拳と仲が悪かったそうですね(笑)。まぁ報道であろうがアートであろうが、カメラマン同士が仲良すぎるってのはおかしい気もするんで、そういう人達がいてこそ、日本の写真文化の裾野が広がったのかもしれませんね。

    そもそも当時も、木村伊兵衛が嫌いとか、私のように良さが理解出来ない言う人もいたでしょうし、だからこそ異なる写真が生まれたとも考えても良いのでしょう。

    写真が綺麗、これは昔のプリントを引っ張り出したのでなく、フィルムから写真展に向けてプリントし直したものだと、綺麗になるのかもしれませんね。写真って絵画と違って本人が亡くなってもフィルムがあれば関係者が何枚もプリント出来ちゃいますから、そこが面白いとふと思う事があります。

    竹内敏信って昔の写真雑誌やネット情報を見る限り、自分の写真展は全部チェックしていそうなタイプなんですけど、ご病気されてからは現地へ赴くことを制限しているのかもしれませんね。

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