にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ
にほんブログ村のランキングに参加中です

丸田祥三氏の裁判、請求棄却を考える 3/4

2011年02月01日 00:00

「あの日」

あの日

Pentax K20D, Tamron AF18-200mmF3.5-6.3II

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。また複数枚の掲載の場合、写真上の左右をクリックすると画面が遷移します。



丸田祥三氏の裁判、請求棄却を考える その1
丸田祥三氏の裁判、請求棄却を考える その2

を踏まえて、今日も類似ネタを・・・。

丸田氏ご本人含め、丸田氏擁護のブログを色々見てしまったので、感情的になっている部分もありましょうが、個人的には、写真界は下克上あるべき、ですから丸田氏を応援したい。現状、当事者の丸田氏側からの情報しかないので、小林氏が物凄く悪人に見えてしまう訳です(笑)。

でもこれは情報の操作、ミスリードの可能性もある・・・。ですからなるべく客観的に書くようにはしています。

非常に無責任なアイデアですが、どこぞの出版社が、丸田氏と小林氏の撮りおろし廃墟写真集を同時出版してくれないものか?。ここはプロ同士、売り上げで勝負しちゃいかがか?、なんて考えちゃう(笑)。

いや、待てよ、そんな企画だったら両方買っちゃうか!。だったら丸田、小林両氏による1冊の廃墟写真集ってのはどうだろうか?。裁判を取りやめて先ず和解をし、写真で勝負だ!。アンケート葉書にどちらの写真が優れていますか?、票を多く獲得した方が勝ち。日本の写真界に廃墟と言う椅子が1つしかないのだったら、そうやって戦って勝った方がその椅子に座れば良いと思う。

票を競い合うと、政治と同じで裏工作、組織票合戦となっちゃう?。とにかく両氏による1冊の廃墟写真集。1枚の写真比較だったら好き嫌いだけで決まりましょうが、互いに50点くらい持ち寄ってどうだ!、となれば、読者の声は必ず真実を語ると思います。

これは別に丸田氏と小林氏だけでなく、アサヒカメラでも日本カメラでも巻頭グラビアでジャンル別プロ対決!、ってやればいいと思いますね。フォトコンテストの多くはアマチュアがプロに批評される、その反対ですよ。プロがアマチュアに批評される場があってもおかしくはない。いや、むしろなくちゃおかしい、皆さん、そうは思いませんか?。

アマチュアの世界では、個展よりもグループ展や企画展の方が遥かに面白い。ギャラリーに訪れる人の顔、眼を見ていれば、自分の写真が他のカメラマンの写真とどう比較されているか、手に取るように判りますからね。このドキドキ感はたまりません!(笑)。

現在プロとして活躍しているカメラマンもアマチュア時代、そういう道を必ず歩んでいた事でしょう。でもプロになった途端に、プロの写真評論家やプロの編集者だけに批評されているってのは違うと思いますね。写真集を買ったり個展に足を運ぶのは一般人の方が遥かに多く、プロだからこそ、複数でグループ展や企画展を行なって、一般人の目にさらされ、競い合うべきなんです。

出版社がそういう事が出来ないのなら、ギャラリーや画廊でこういう斬新な企画をやらない限り、日本の写真界はどんどんとつまらない方向に進んでいく気がします。こんな単純な企画が通らないような出版社やギャラリーなんてしょーもないと思いますけどね。

この問題が提起され、さらに裁判が進むにつれ、(あくまでも丸田氏側からの情報ですが)、日本の写真界の様々なタブーのようなものが出てきちゃっているようです。勿論、丸田氏側が嘘を吐いていないと言う事が大前提ですが、仮に真実を語っているのであったら、日本の写真界って伏魔殿、ケツの穴が小さい奴らの巣窟なのかもしれないと思っちゃうんですなぁ~。

ただ、これは日本だけなのだろうか?、一昨日の記事で、「写真の新しい読み方 - 表現の秘密がひと目でわかる、はじめての全世界・写真相関図」なるアカデミックなHOWTO書籍を紹介しました。

それを見ると、写真界ってのはパクリの歴史である事が判るんですよ。プロでもアマでも個人的な作品でも広告、企業写真でも、公開された翌日からパクリが始まると言っても良いのが写真と言うアートの世界な気がしてきちゃうんです。

昨年末の裁判にて裁判長が「被写体の選択はアイデアであって、表現はそれ自体ではない」と発言したそうです。何やら法曹の世界らしいややこしい言葉の表現ですが、上記書籍のタイトルの中に「表現の秘密がひと目でわかる」とありましょう?。恐らくこの書籍の作者は「アイデアも表現の1つである」と考えているに違いなく、同じアイデアの類似する写真が後世にこんなに出現しているんだぞ!、なる内容になっているんですよ。

スカイツリーを普通に撮っても面白くないから、カーブミラーに写った歪曲したそれを撮る

この写真を初めて撮った人、恐らくある程度の高さになってからでしょうから、1年くらい前でしょうね。でもその後、この手の写真はあっちこっちで見るようになります。全く同じカーブミラーを探し出し、完全にパクった人もいるでしょうし、アイデアだけを頂いて、他のカーブミラーで試した人もいらっしゃいましょう。

でも、そもそも「カーブミラーに映るスカイツリー」、この写真のキーワードはスカイツリーでなく、「カーブミラー」なんです。カーブミラーを利用するアイデアがあってこその写真。となったら、これは恐らくカーブミラーが発明された瞬間に、被写体が何であろうが、ミラーに映った歪んだ風景写真を撮ったカメラマンがいるんですよね。

屁理屈を言えば、日本で最初にスカイツリーをカーブミラー越しに撮影した人も、何かからヒントを得て、世界で一番最初にカーブミラーを利用してその土地のランドマークを撮影した人のパクリに過ぎない訳です。いや、これは御幣があるかな?、パクリだと唱える人もいるであろう、って事です。

でも日本で最初にスカイツリーをカーブミラー越しに撮影したカメラマンが「へぇ、100年前にすでにそういうアイデアで撮っていた人がいたんだ!。俺のオリジナルのアイデアだと思った」と言い張ったらどうなる?。裁判の場合、100%それが立証されないとならない。「疑わしきは罰せず」、これは民事でも同じなのでしょうね。ならば、小林氏が知らぬ存ぜぬを主張すれば、丸田氏の訴えは退けられちゃう筈。

とにもかくにも世界の写真史を紐解くと上述した書籍の内容の通り、パクリの歴史です。広告写真なんてパクリだらけと言ってもいいくらい。ここまでパクっても大丈夫なのか?、なる写真も見つける事が出来ました。ですから、今回の丸田氏の起こした裁判は、世界の写真界を相手にしているとも言え、良い意味でドン・キホーテな方かもしれない。やはりかなりの茨の道である事は確かでしょうね。

裁判の行方は神のみぞ知る・・・、でも我々は勝った、負けたでなく、「モラル」をもう一度考えなくちゃならないと思うんです。先日も申し上げた通り(仕入れた情報が正しいのなら)、小林氏と出版に携わった編集者はプライドがない、探究心がない、そしてモラルがないって事になりましょう。

プライド、探究心、モラルが存在していたら、丸田氏と類似するカットを写真集に掲載しなかったでしょう。もしくは丸田氏が文句を言えない程、優れた作品として昇華させるべきだったんです。素直に「丸田氏にインスパイアされた」と非公式でもどこかで発言して先輩後輩、有名無名の垣根を取り払い、仲間意識を持っても良かったかもしれませんね。


にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ
にほんブログ村のランキングに参加中です



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)