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丸田祥三 VS 小林伸一郎 決着が付いたようだ その2

2012年03月19日 00:00

幻想 - 丸山変電所

幻想 - 丸山変電所

Pentax K20D, Tamron AF18-200mmF3.5-6.3II

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前回の記事では足尾の廃墟を例えにし、「プロとして互いが前後左右ウロチョロし、ここが最良ポイントだ!、と思って撮影したら、偶然同じ構図になってしまった。これは仕方ない。あり得る事だ」と書いた。今日はその続きを・・・。

同じく、丸田氏が盗作されたと主張する中で、私が知っている廃墟が2つある。それは碓井の丸山変電所と奥多摩のロープウェイである。

丸山変電所は残念ながら私個人は修復された風景しか撮影していないが、知り合いが朽ちていた頃の丸山変電所を撮影しており、それを思い出す限り、両氏が採用したあの構図が一番美しいと感じるし、どちらか1枚を選べと言われれば丸田氏のかなぁとは思うが、2枚を見て、これは盗作だな?、と疑問を持つ事はまずあり得ない。

また、奥多摩ロープウェイ、これはフィルム時代、撮影した事があり、すでにその頃の写真は廃棄しているが、これも記憶を辿ると、同じような写真を撮っている。確か機械室の風景では後ろに引く事が出来なかった気がする。だとすると構図が似通うのは至極当然の事。似ているのと盗作は違うし、裁判所はそもそも似ていないと結論付けており、私も同じ被写体を撮影しただけ、そんな気でしかない。

それと少なくともこの2つの廃墟は、廃墟好きなら簡単に見つける事が出来る場所に存在している。丸山変電所は国道18号線で碓氷峠に入る直前を下り方面から右へ折れて少し進めば見つける事が出来るし、奥多摩のロープウェイは今はどうか知らないが、撮影した当時は橋脚等の遺構が残っており、それを辿ればどこに駅があるかは容易に判断が付く(道のない崖のような場所を登る事になるが・・・)。

つまり、インターネットのない時代であったとしても色々と情報を漁れば、一部の近代産業廃墟を見つける事は容易なのだ。実際に奥多摩ロープウェイを撮影した時、私は丸山氏も小林氏も知らない。廃墟の写真集なんて見た事もなかった。知り合いが奥多摩にスゲェ風景があるぜ!、と情報をくれたので行ったまでの事。

特に丸山変電所は、長野冬季オリンピックで新幹線が開通するから横川から先が廃線になった。そのニュースは日本全国民がテレビで見ている筈で、その一環として横川周辺の紹介で朽ちた丸山変電所の姿も、鉄道マニアなら多くの人が記憶の中に残っている筈。

長野オリンピックが1998年、丸山変電所の修復が始まったのが2000年との事だから、その2年の間、鉄道マニアの多くはここを訪れた筈。丸田氏はそれを1987年に撮影、小林氏は1995年に撮影しているから、確かに丸田氏が先陣を切ったのは間違いない。でも丸田氏以外に、そして1987年以前にここを撮っている人は必ずいる。

この裁判の対象となった写真ではないが、丸田氏の写真の中で一番有名なのが朽ちた新幹線の写真ではなかろうか?。確かにあれは凄い。モノクロで迫力のある写真だ。しかしあれも知っている人は知っている。

東京は国分寺駅と国立駅を繋ぐ一本道、国分寺から向かうと突然右手が開ける場所がある。そこにかつて鉄道学校が存在した。車で走っていても道路上からその新幹線が見えたのだ。私が国立へ良く行っていた1985年前後、あそこらを車で一度でも走れば誰でも知る風景だ。

勿論、そこに忍び込んだか撮影許可を得たか、いずれにせよ、あの写真を撮って、写真集の1枚として世間に発表した丸田氏はとっても凄い、とても偉い。日本の、いや世界の廃な風景の代表写真として立派なものだ。

でも何度も述べている通り、廃墟や廃な風景ってのは知っている人は知っている、俺だけのもの、そんな思考を持っちゃいけない。丸田氏は「俺だけのもの」とは思っていないようだが、裁判そのものは「苦労して見つけた、また公表するに当たって地権者などと何度も交渉したのだから、それを考慮して欲しい」、そんな論点になってしまっていたように感じる。そりゃぁ敗訴は当然。

また、互いの才能のあるカメラマンだから構図が似通うのは致し方ない。でもここで問題が発生する。丸田氏が先に発表した写真、構図に似た風景を同じプロカメラマンである小林氏が後追いして良いのもか?。盗作云々は何度も述べている通り、盗作と言う丸田氏や周辺の人々の主張は不思議だし、裁判でもすでに結審している。要するに道徳上どうあるべきか?、ではなかろうか?。

多くの人は道徳上、人間的にそれは如何なものだろうか?、と疑問に思うだろう。後追いの小林氏を非難する声が多いのも理解出来るし、私自身も1年前までは小林氏はプロカメラマンとしてプライドがないとネタにしている。

ところがそもそも写真とは何ですか?、それを考えると、似た写真を発表してもいいんじゃないかと思ってしまう。

「写真はアートである前に記録である」

私は常にそう思っている。絵が描けないから、見た風景を記録したいから写真を撮っている訳だ。だから廃墟の写真集をアートだと考えると小林氏が若干の不利かもしれないが、記録写真と考えると、仮に100%同じ構図の風景があったとしてもそれは問題ないのではなかろうか?。

記録、記憶として写真を残すのだったら、たとえ誰かが以前に同じ構図で発表していても、それがその建築物に対して最良の構図だと思えばそれを後追いしても良いのではないか?、そう考えちゃう。

結局は富士山写真になるんだと思う。富士山を綺麗に撮るポイントは富士山好きなら誰もが知っている。そして今も尚、富士山はプロもアマチュアもそのポイントで撮影し、それを世間に発表している訳だ。それは盗作ではないし、道徳上であっても問題はない。

小林氏の写真集を持っているからと言って氏を擁護しようとは思わない。しかし、丸田氏が盗作だと主張する写真を見る限り、確かに足尾の写真はほぼ同じだから微妙なところだが、他の写真は明らかに構図が違っているし、モノクロとカラーと言う表現の違い、135カメラと中判カメラのフォーマットの違いもあり、似てもいないから、盗作になる訳がない。そして上述したように写真は記録だ、それを考慮すると、やはりこの件は丸田氏の独り相撲ではなかったか、そう感じる。

ちなみに丸田氏も、その取り巻きもこれら写真を「芸術、アート」としてブログ等で発言しているし、裁判でもそれを訴えていたようだ。極端に言えば芸術だから後追いは駄目、そんな論法を展開しているが、これは微妙だ。だったら廃墟写真よりも遥かにアート性の高い広告写真がパクリだらけである事実、先ずはそれを論じなくちゃいかんでしょと思うのだった。

それとこれは取り巻き達の表現だったと思うが、丸田氏は廃墟を愛している。でも小林氏はそれを表面上コピーした、真似したにに過ぎないから・・・、そんな内容だったと思うが、プロとして売れると確信したらそれがコピーだろうが真似だろうが何だって良いと思う。

丸田氏がたとえ10年掛けて探した風景を、大御所がアシスタントの運転する車の中で居眠りしながら現地に赴き、アシスタントがカメラにフィルムをセットし、三脚をおっ立て、絞り、ピントも調節し、大御所はシャッターを押すだけ。とっても楽をして写真を撮っても、プライド云々って話もあるが、売れりゃいいの。プロだから。

日本のテレビ局なんて正にそう。クイズ番組が当たったら各局真似をする。医療ドラマが流行ったらどこもかしこも医療ドラマ・・・。無論、各局味付けは異なるが、それこそアイデアは著作権では保護出来ない、法律に違反しない限り、金を稼ぐのにパクったパクらないなんて関係ないと思う。


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