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写真八策 その2

2013年01月23日 00:00

家猫の憂鬱

家猫の憂鬱

Pentax K-7, Sigma AF17-70mmF2.8-4OS HSM

※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



前回に引き続き、 ハッセルじいちゃんさんの写真八策から頂いたのネタを。

ハッセルじいちゃんさんの写真八策は以下。

  • 人様の写真を学べ
  • 常に驚きやワクワク感を持て
  • 節度ある行動をとるべし
  • 写真を通じて自然界の営みも学ぶべし
  • 考える前にシャッターを切れ
  • 三度の飯より写真を愛せ
  • もう歳なので己の体力を知れ
  • デジカメは常に新しい機種を・・・

幾つか飛ばして・・・。

・考える前にシャッターを切れ

考える前に・・・、果たして人間は考えもせずに写真を撮れるのか?。それは「否」。風景を見つけた瞬間に上級者だろうが初心者だろうが、カメラマンはおおよそのイメージが頭に浮かび、カメラを構えてそれを構図する。

ズームレンズを使っていると己が前後せずにズームで構図を整える事が多いが、すでに脳裏にあった構図をズームレンズで作り出そうとしているのだから、考えているし、単焦点レンズでも何度もカメラを構え直して己が前後している、これもすでに頭のイメージは固まっている。

「考える前にシャッターを切れ」なんて作業は人には無理なのだ。ここで言う「考える前に」とは、「無駄にあれこれ考えるな、最初に抱いたイメージを大切にしよう」、そう変換するべきだ。

これは第一項(前回)に絡む話だろう。これには、「感性を大切に、テクニックに溺れるな」、そんな言葉が隠されている。

皆さんも良く経験されていると思う。同じ風景を複数枚撮影すると、1枚目が一番良かったりする事が多いでしょう?。また何枚も撮影したら、1枚目の構図と最後の構図が同じだったなんて事も。これがまさに「己の感覚」なのだろう。

しかし己の感覚、持って生まれた才能には限りがある。だからこそ人様の写真に学ぶ。とは言え、そうやって学んだ写真は、考える前に撮れるものじゃない。結果、第一項とこの項目は実のところ、相反するものになる。

ここでキーワード、「写真の幅」である。考える前にシャッターを切ると、己の感性に従った写真にはなるが、そればかりだと写真の幅が狭くなる。己の世界で全てが完結しているからだ。勿論、満足しているのなら結構な話で羨ましい限り。でも家に帰ってパソコンで撮影したコマを眺めながら後悔する時も多い。

だからこそ人様に学ぶ。簡単な話で、「選択肢が広がる」。いや、「広がる」のでなく、「広げる」努力をするべきだと思っている。

私の後悔の多くは昔ながらの癖、写真の基本と言われている「被写体に近付け、写真は引き算である」、これがどうしても身に付いていて、無意識に被写体、風景にどんどんと近付いてしまい、風景によっては単なるブツ撮り、記録写真にしかなっていない。

そんな時、「最大限に引き算してから足し算をする」、つまり「ここだ!、と思った位置から一歩、二歩引く」、これを人様の写真から学んだ。これが前回の写真でもある。

そして、いつかきっと考える前にパクリ写真を撮れちゃう。そうやって撮影した写真は純粋な自分の感性ではないにせよ、自分が吸収した新たな感性と思えば写真に幅が出来る。

話は変わり、以前、写真仲間にこんな人がいた。A氏としよう。

A氏はとにかく人と違った写真じゃないと嫌だ、そんなタイプで、仲間と一緒に散歩写真していると、皆が撮るような良い風景を見つけても、カメラを構えない。ひたすら考え込んでいる。

打ち解ける、似た者同士が集まっているから、気になる、好きな風景も同じ、構図もどうしても似通ってくる。でもそのA氏は皆が撮るのをずっと見ていて、誰も撮らないアングルを見つけてようやくカメラを構える。

撮影法は人それぞれでフィルム時代の話だから無駄にコマを使っても勿体無いだけ。A氏のように考えて抜いて構図を決めるのも悪いとは言わない。でもこのA氏は考えに考え抜いて結局シャッターを押さない、そんな事が非常に多かった人物。

そしてシャッターを切っても出来上がった写真を見せて貰うと、(好き嫌いもあろうが)実に中途半端で、この構図はやっぱり駄目だろ!、と心の中で思っちゃう訳だ。大半は機材と写真テクニックだけに頼って撮っているだけ、感性は無視されている(感性と性格が同義であればあまのじゃくな時点で感性とも言えるが)。

「人と違う事をする、人と異なる構図を見つける努力をする、常識は破るもの」、これには大賛成であるが、結局、数人のカメラマンが寄って集って撮影をしていて、誰もその構図を選ばなかったのには、逆光になっちゃうとか、背景が汚いとか確固たる理由がある。

つまり、このA氏の行動も第一項の「人様の写真を学べ」に通じると思う。考えないとシャッターを押せないタイプならば、経験するしかない。その経験が人様の写真なんだ。

そしてA氏のように考え過ぎて失敗してしまうのだったら、まずは何も考えずに1枚シャッターを切る、これが正しいんだと思う。今はデジタルの時代、何枚撮っても懐具合は傷まない。

写真をアートに引き上げるか、記録に留めるか、どちらでも構わないが、記録が目的ならば、考える前に1枚はシャッターを切るべきだ。理由は今述べた通り、その1枚が「今の自分の感性、実力」だからだ。アートを目指すのは2枚目からで良い。

いつも1枚目よりも2枚目、3枚目の方がより良い成果がある、そんな方は「1枚目が今の実力」であり、2枚目からが将来備わるであろう実力なのだ。精進していればいつか2枚目の写真が1枚目になる。

何も考えずに撮る、撮っちゃう、撮らざるを得ない風景としてニャンコがあろう。動かれる前にまずは1枚!。今日の写真なんて正にそう。見つけた瞬間、経験で構図し、パチリ。目線があった方が力強いが、上手い具合にふてくされたような表情になってくれ、写真としては面白いと思う。


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コメント

  1. ハッセルじいちゃん | URL | lalX43Vc

    こんばんは~
    考える前に・・  フォローしてくださって ありがとうございます。
    この項は 二~四にも重なるのですが、「オッ!」と思ったら まず1枚目をゲットすることです。
    相手の動きなど 時間的に検討する余地があれば 露出・構図等を見直せばいい訳で、大方の場合 1枚目がもっとも自然な感じで撮れてますね。

    写真の猫 此方を向いていれば ポートレートになってしまうでしょうね。
    庭のモノが気になる 或いは窓辺が暖かくウトウトしそうな瞬間や外へ出たことの無い 飼い猫の宿命など、いろいろ考えさせる 良い写真だと思います。
    今日 大阪のコテコテ商店街へ行ってきたのですが、呑み屋街の裏手に墓地があり、墓石と建物を写そうとしたら、墓石の間を何やらが通過。
    何だろうと覗いてみたら とことこと猫が出てきました。
    こんな時 構図どころではないので、とにかく1枚写しました。
    後に 猫がしゃがんだので 構図も決めてうつしましたが、やはり 墓場にいる猫のポートレートにしかなりませんでした。

    いずれブログUPしますが、候補は1枚目にします。
    ※ 長々とすみませんでした^^;

  2. BigDaddy | URL | -

    > ハッセルじいちゃん さん

    本来、スナップとはそうなんですよね、「おっ」と思った最初の感動を記録、もしくはそれを他に伝える手段なのでしょうね。ただ私もそうですが、頭でっかちになってしまう時が多く、あれこれ構図を変えちゃったりしちゃっています。

    で、実は今回は長くなるので書かなかったのですが、ここにファインダーを使って写真を撮る時と、コンデジで背面液晶で写真を撮る時とでは、心境も行動も全く異なっていると思っていて、一瞬をファインダーを覗いて撮るからこそそれは写真だと思っているんです。

    ファインダーで風景を覗くと自分が一番表現したいところを集中して見ますが、液晶だと、枠に風景を当てはめているだけなんですよねぇ。だから好きじゃないんです(笑)。

    猫は本当に撮るのが大変です。猫専科の方の中には餌を持ち込んで撮るなんて人もいますが、これはちょっと反対ですねぇ。

    時に、これからもハッセルじいちゃんさんのお考えになる内容とずれている事もありでしょうが、それはそれで「個」が出て良いかなと思いましたねぇ。

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